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![]() ![]() ![]() 余震の恐怖におののく人びと =バンダアチェ、2月9日夜 |
住民の心に刻まれた恐怖心 2005.02.20 私がバンダアチェに入って2週間がたちました。この間、多くの被災者に会い、インタビュー(聞き取り)を行い、アチェの皆さんがどれほど恐ろしい目にあったのか、どれほどつらい体験をされたか、被災者の言葉を真摯に受け止め、私なりに理解するよう努めてきました。しかし先日バンダアチェで起きた余震に対する住民の反応をみたとき、私は彼らが抱える恐怖や苦しみの10分の1も理解できていなかったのではないかと愕然としました。 2月9日。夜の礼拝が終わり人びとが夕食を楽しむ8時すぎにマグニチュード6.2の余震が起こりました。1分ほど続いた比較的強い余震の直後、近所の様子に異変を感じました。外がにわかに騒がしくなり、気になって屋外に出てみるとオフィスの門の正面に走る道路わきの家々から次々とたくさんの人を乗せたオートバイや車が出て行くのが見えました。隣の家の女性は「恐ろしい、恐ろしい」と体を震わせて泣きじゃくっています。近くのモスクからは「津波は来ません。落ち着くように」と放送が流れてきます。皆、津波の再襲を恐れているのです。 私は街がどうなっているのかが気になり、現地スタッフが運転する車両ですぐに街へ向かいました。そこで見た光景は驚きでした。戸外には、倒壊を恐れて立ちすくむ人びとの姿があり、海と逆のほうに向かう道路には大きな人の流れが出来ていました。「津波は起きません。パニックに陥らないように。冷静に」と大きなアナウンスを流すトラックが街中を走っていました。街は落ち着きを失い、騒然としていました。 私はこの時、昨年12月26日の地震と津波で、アチェの人たちがどれほど恐ろしい思いをしたのかを突きつけられました。日ごろ明るく親しみ深いアチェの人びとは、いつも私たちに笑顔で接してくれます。バンダアチェでも、大きな被害を免れた地域では、人びとが買い物やコーヒーを楽しむ姿も見られるようになっています。しかしその心の奥には地震と津波の被害による深いトラウマが横たわっているのです。 報告:バンダアチェにて、近藤真理子(写真も) |
![]() 津波にのまれたデリサ ![]() デリサさんたちが家があった場所を指し示す ![]() ランバロ・スケップの様子 ![]() デリサさんとユスさん、お父さん |
恐怖と悲しみに満ちた4枚の絵 2005.02.20 スマトラ島沖地震と津波の被災地に現地入りした私たちが、「その時」の恐怖を実感することは必ずしも容易ではありません。しかし、ときとして、その恐怖の一端を突きつけられる場面があります。 * * * バンダアチェ東部のランバロ・スケップ地域でピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)が行っている瓦礫撤去作業に参加するユスさん。彼には、デリサ・フィトリ・ラトマ・ダニィという7歳の妹がいます。デリサさんは今、ユスさんやユスさんの妻、お父さん、親族ら総勢20人で生活していますが、デリサさんは以前はバンダアチェ南部の海岸から150mほどの場所で暮らしていました。そこを大津波が襲いました。彼女と家族は5kmも流されたといいます。その波の中で、彼女のお母さんと2人の兄は波にのまれて命を落とし、彼女は左足に大きな傷を負いました。彼女はデンマーク軍が運営する病院で治療を受けることができましたが、左足は切断しなければなりませんでした。現在は順調に回復しているものの、これから彼女が直面する現実を考えると、私にはかける言葉もみつかりません。 お父さんが現在、足を失った娘につきそっているため、ユスさんは家族のために毎日、PWJの事業に参加しています。そのユスさんが、津波の恐怖を4枚の絵に託しました。ユスさんが描いた絵は恐怖と悲しみで満ちています。真っ黒い津波が襲い、彼らをさらっています。波にのまれるデリサが描かれています。圧倒的な津波の威力に対し、抗うことのできない人の姿に、私は大きな衝撃をうけました。 ユスさんは「現在の生活は非常に苦しい。避難所生活ではないので、食糧や物資の配給が受けられない。ランバロ・スケップに家を建て、早く安定した生活を取り戻したい」と話しています。PWJの事業がユスさんやデリサさんの一助になれば、と願わずにいられませんでした。 報告:バンダアチェにて、近藤真理子 |
![]() 受益者と打ちとけるキャメロン氏 ![]() モニタリングで女性たちと話す ![]() 手作り菓子などを前に談笑する女性たち |
現地視察には手作り菓子の暖かい歓迎 2004.11.14 ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)は、移民としてアチェ地域に移り住んだものの、迫害を恐れて再び故郷に戻ってきたジャワ系住民(国内避難民)の支援を続けています。事業の効果を確認するため、随時、現地調査を行いますが、このとき現地の女性たちは必ず手作りのごまだんごや、おせんべいを添えて、心からのもてなしで迎えてくれます。 事業の効果を確認するための調査は「モニタリング」といい、事業の実施とともにPWJの重要な活動の一つです。中部ジャワ州のボヨラリ県で進めるアチェ避難民事業でももちろん、モニタリングを行うのですが、支援対象者(受益者)の女性たち(お母さんたち)は、調査で訪れた私たちを本当に暖かく歓迎してくれるのです。 まず、笑顔を見せながら両手を出し、握手を求めてくれます。「Selamat Datang(スラマット ダタン)」(ようこそ)、「Selamat Siang(スラマット シアン)」(こんにちは)とやさしく声を掛けてくれて、「Silakan, Silakan(シラカン シラカン)」(どうぞ、どうぞ)を繰り返しながら、家の中まで案内してくれます。中には太い柱や梁(はり)があって、そのつくりは日本の古い農家に似ています。 大抵、家の中には籐でできている素朴な家具があります。受益者同士がグループにわかれて議論するグループディスカッションのときなどは、土間の上に竹で作られた広い縁台のようなものに座ります。普通はその台の上で寝たり、食べたりするようです。 グループディスカッションを始める前にお母さんたちはインドネシアの伝統的なお菓子を出してくれます。そして、お菓子の乗ったお皿を私たちに示しながら、また「Silakan, Silakan(シラカン シラカン)」(どうぞ、どうぞ)と繰り返します。お菓子は心のこもった自家製のもので、口の中でやさしくとけます。 米粉でできた揚げたゴマだんごのような「Onde(オンデ)」というお菓子の中には、緑豆の餡(あん)が入っていて、甘くておいしいです。「Misro(ミスロ)」という米粉を丸めて揚げた、だんごのようなお菓子の中には、黒砂糖の餡が入っています。採れたばかりのサツマイモやキャッサバ、カライモを揚げたお菓子が、ホカホカのままで出てくるのも楽しみです。 お母さんたちはPWJの支援で、収入向上のために野菜栽培や籠の製作、せんべい製造に取り組んでいますが、そのうちに必ず彼女たちが焼いたせんべいを出してくれます。せんべいは日本のえびせんに似ていますが、そこは内陸なので海老は使わずに、塩味だけにしてあります。せんべいはパリパリとしていて、さっぱりとした味がします。食べ始めたら、本当に「やめられない、止まらない」ほど、おいしいです。お腹がいっぱいになってもお母さんたちはニコニコしながら、「遠慮しないでもっと食べてね、たくさんあるから!」と言ってくれます。 モニタリングですからもちろん、事業における受益者の声を聞き、進捗状況や問題点、その解決策などを話し合わなければなりません。が、時々お菓子が心をそらしてしまいます。気が散らないように集中力が必要です。砂糖は頭の回転が活発になる効果があると言われていますので、お母さんたちのお菓子をいっぱい食べたら、最高のモニタリングができるかもしれません。 報告:キャメロン・ノーブル(PWJインドネシア事務所) |
| 庶民の足「交代」めぐり対立 2003.10.06 高層ビルが建ち並び、一見すると繁栄を謳歌しているようにも見えるインドネシアの都市部。しかし、高層ビル群のすぐ背後にスラムが広がっているのもインドネシアの現実です。こうした状況のなか、最近、首都ジャカルタでは庶民の足、三輪タクシーをめぐって混乱が起きています。 問題の発端は、ジャカルタ特別州知事が、三輪タクシーに長年使われてきたインド産の「バジャイ」に代わって国産車(四輪)「カンチル」導入を進める方針を示したこと。バジャイは老朽化が進んでいるものの、貧困層出身者の多い運転手たちや、バジャイを貸し出している経営者たちは、「新しいカンチルを買う余裕はない」と反発しています。 現地で発行されている日本語新聞「じゃかるた新聞」によると州知事は、カンチルを購入するときは、古いバジャイを500万ルピア(約7万円)で買い上げ、残金は運転手が4年間にわたって1日に5万ルピア(約700円)ずつ返済する、カンチルに広告を貼り付けて運転手の負担を減らす、と説明。一方で経営者たちは「バジャイは1台2000万ルピアする」「運転手の1日の収入は約4万ルピアしかない」と主張します。 バジャイは1970年代後半から80年代前半に輸入されて広まり、その後も部品交換を繰り返して、いまだに現役です。料金は1キロ当たり2000〜3000ルピア(約30〜40円)。ジャカルタの一般のタクシーは初乗りが3000ルピアで、1キロ進むごとに3000〜4000ルピア程度が加算されるため、バジャイに割安感があります。しかし、自動車の普及によって交通渋滞が激しくなったジャカルタでは、バジャイは渋滞の一因だともいわれています。夕方の時間帯、ジャカルタ市内の渋滞は、1キロを進むために1時間かかることもあるほど、ひどいのです。 |
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