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ヤズダンこと、ムハンマド・レザ・ヤズダンパナー


PWJイラン駐在スタッフ大久保とともに


バムの人びとのために働くヤズダン


子どもたちに囲まれて

支援に打ち込むムハンマドさん
2005.06.02

報告:大久保信寛(PWJイラン駐在スタッフ)

イランで必ず出会う名前に「ムハンマド」があります。会社や役所に電話をかけて、「ムハンマドさん、お願いします」といっても、どのムハンマドさんか分からず、切られてしまうかもしれません。ムハンマドは、国教であるイスラム教の預言者ムハンマドにちなむ名前で、私たちPWJの事務所にも、ムハンマドさんがいます。フルネームは、ムハンマド・レザ・ヤズダンパナー。私たちは混乱を避けるために、「ヤズダン」と呼んでいます。今回は、そのヤズダンの話です。

ヤズダンがPWJで働き始めたのは、2004年4月。きっかけは、前年12月26日にバムを襲った地震でした。

「地震のとき、僕はケルマン市に住んでいて、小さな揺れを感じて起きたけど、また寝てしまった。その後、バムがかなり被害を受けていると聞いてびっくりした。バムには親せきがいっぱい住んでいたからね。持てる限りの食料を買って、車でバムに向かったけど、信じられない光景にショックを受けたよ。呆然と立ち尽くしている人や、泣き叫んでいる人、夢中で瓦礫をよけて家族を探している人がいて、直視することができなかった。親せきの変わり果てた姿を見て、何も考えられなかったよ」

声を詰まらせ、泣くのをこらえているヤズダンをみて、私はこれ以上の話を聞けなくなりました。

ヤズダンはケルマンでの仕事を辞めてバムで被災者のために働くことを決意します。家族関係の強いイランでは、単身赴任はありえません。しかし、ヤズダンは強く家族を説得し、震災の2日後から、韓国のレスキュー隊で働き始めました。日本の別のNGOで働いた後、PWJに来ました。「PWJのスタッフとして、バムの人びとのために働けることがこの上ない幸せだ」と話しています。住宅展示場にPWJが建てたモデルハウスの前で耐震技術の説明しているうちに熱が入り、20人くらいに囲まれたこともありました。ときには、暗くなるのも忘れて熱弁を振るっています。

そのヤズダンが、急きょ、ケルマンに帰ることになりました。妻が風邪をひき、大学受験を控えている上の息子が神経質になっていると知らせを受けたからです。イランで大学に進むには、日本と同様、統一試験を受けなければなりません。この成績上位者1割程度が授業料免除の国立大学に進学し、あとは、高いお金を払って私立に行くか、浪人です。受験生を抱えるイランのお父さんにも、日本と同じような苦労があるようです。

バムを去るとき、彼は、目を輝かせていいました。「いろいろと大変なことはあるけど、絶対にこの仕事を最後までやり切って、バムの人たちに最高の技術を残すから」。


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