ある日の午後、レテフォホ事務所からほど近いレテフォホ村のドゥホホ集落にコーヒーの精製作業のモニタリングに出かけました。
コーヒーの収穫期を迎えた集落ではどこでも、早朝から夜遅くまで収穫作業が行われます。モニタリング用バイクをおいた小径から歩くこと5分、傾斜の強いコーヒー林を抜けていくと女性たちの話し声が聞こえてきました。
「こんにちは! 今日はどのくらい収穫できていますか?」と問いかけると、彼女たちは収穫していた手を休めて、「こんにちは! 今日は少ししかないわ。私たち女性ばかりで収穫しているから」と返事が返ってきました。そういわれて見渡すと、男性たちの姿は見えず、おばあさんと年頃のお嬢さんばかりが肩から籠をさげて収穫にあたっています。ここ東ティモールでは一般的に家族総出で収穫作業にあたるため疑問に思い、「ルイスおじさんや男の子たちは、どこにいったの?」と聞き返すと、彼女たちは「今年は、コーヒーの実のつきがさっぱりだから、みんなは道路づくりの力仕事にでかけてしまったよ」と休めていた手を動かしながら答えました。
今、レテフォホ郡では日本政府による無償資金協力で、道路の舗装工事が進められています。一方、ドゥホホ集落でも雨量不足が原因で、コーヒーの実はちらほら枝にみえるのみ。そこで家計を助けるために、力のある男たちは、早朝から日が沈むまで道路の路肩にたまった砂や石を掃除する仕事に出ているのです。
この日の収穫を終え、精製作業も仕上げにさしかかったころ、「こんばんは!」と満面の笑みでルイスおじさんが帰ってきました。舗装工事の仕事から戻ったばかりで、体もくたくたのばずですが、家族のコーヒー脱肉作業をすぐに手伝い始めました。
東ティモールの住民たちにとって、天候によって豊作と不作の波があるコーヒーによって生計を立て、経済的自立を果たすことはまだまだ難しいのは確かです。けれども、家族同士が助け合い、少ない収入を分け合いながら生きている姿は力強く感じられます。PWJのコーヒー生産者支援は今、高品質コーヒーづくりの技術指導とともに、彼らが経済的にも精神的にも自立を手にする日をみすえて、コーヒー生産者組合の基盤作りに力を注いでいます。
美しい村、レテフォホ。左に見えるのが教会。 ざっくざっくと足踏みでコーヒー豆を洗浄する。 生産者たちと食事中のPWJ山本。子どもたちの笑顔に微笑む。 真っ白に輝くコーヒーパーチメント。3年間この村を見てきたPWJ山本が感激する光景。
ざっくざっくざっくざっく。 朝7時すぎ、PWJレテフォホ事務所横のコーヒー精製所から、袋に入れたコーヒー豆を足踏みで洗浄する音が聞こえてくる。 レテフォホは標高1450mの山の尾根に広がる自然がとても美しい村。村のシンボルである真っ白な教会は、6時になると鐘を鳴らし朝の訪れを知らせ、夜明けとともに鳥がさえずる。あちこちの家から子どもたちが空のバケツを両手にもって飛び出し、水くみに出かける。 ざっくざっくざっく。 PWJが支援を開始して3年目。コーヒー豆の洗浄作業もここレテフォホ村では、収穫期の日常の景色になりつつある。 「おはようございます! 早いですね」とコーヒー豆を洗っている人たちに声をかけると、「おはようございます。調子はどうですか?」と笑顔が返ってくる。今日はジョゼ・ボスコさんが一番乗りだ。小学生の子ども2人が、ジョゼおじいちゃんのお手伝いとして交代でパーチメントの入った袋を足踏みしている。昨年、PWJが提案したコーヒーのヌメリをとるための洗浄袋は大好評で、これまで手や足をつかってヌメリを2〜3時間かけながらとっていたのが、今はこの袋のなかにパーチメント豆を入れて水をかけながら足踏みすること30分足らずでヌメリがとれる。世間話をしながら作業をみていると、近所のバボさんもやってきた。「おはようございます。お元気ですか」とみんなに声をかけながら、慣れた手つきでヌメリのたっぷりついたコーヒー豆を発酵層から取り出し、洗浄袋に入れていく。 これらはすべて、3年前にコーヒー生産者支援を開始したときには考えられなかった光景である。当初は、生産者を一堂に集めて、高品質コーヒーをつくるための精製方法をPWJスタッフが実践で何度も何度も見せながら伝えていた。生産者が、ああでもない、こうでもないと、こわごわコーヒー豆を取り扱っていたのが思い出される。初めての経験ばかりで疲れてしまい活動をやめたいと弱音を吐く人もいたし、30〜40年間まったく別の方法でコーヒーを作っていた生産者は、新しい技法になかなかなじめずにいた。それが3年のうちに、今ではPWJスタッフがほとんど口をはさむまずとも彼ら自身で高品質コーヒーを作れるようになった。 「ポルトガル人や中国人もレテフォホのコーヒーを買っていったが、日本人だけが私たちに本気でコーヒー作りを教えてくれた。作業は大変だけれど、この活動に参加するのが好きだ」。ジョゼ・ボスコさんはそういって手伝っている子どもたちに目をやる。この子どもたちが将来同じように高品質コーヒーづくりに携わるようになればという願いがこもっているようにみえた。 洗浄袋からとりだされたコーヒーパーチメントは、今年も真っ白く輝いている。その白さはレテフォホの生産者の誇り高さを現しているように思える。地道な支援が地域に根付きつつあることとともに、この3年間の歩みを知る者として感激を覚える。
「生豆に託された思い」 2003.11.08 ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)がコーヒー生産支援を進めてきたレテフォホ郡で、今年収穫したコーヒー豆の加工作業がついに完了しました。6月中旬に開始した真っ赤なコーヒーの実の収穫から4カ月、乾燥後、倉庫で寝かされたパーチメント豆はその白い外皮を脱穀されてようやく生豆となり、日本へ向けて出港しました。 生豆を日本へ船で送り出すまでの間に、レテフォホ村で生豆の選別作業が行われました。深緑色の生豆のなかから除外しなければいけないのは、黒豆(死に豆)、虫に食われている豆、未完熟豆など。欠陥豆が混ざっていると、コーヒーカップに注がれたときに味が落ちてしまいます。 PWJレテフォホ事務所では、選別作業を進めるため、レテフォホ村・ドゥクライ村の女性5人を臨時雇用しました。彼女たちが朝8時に出勤してくると、作業場は心なしか華やかな雰囲気に変わりました。欠陥豆は彼女たちの目で一粒一粒、丁寧にはじかれ、なれた手つきで豆を選別していく彼女たちの足元の箱には、きれいな豆だけが絶え間なく流し込まれました。 選別メンバーのひとり、アンジェリーナ(28歳)は「夫が西ティモールに逃亡してしまい、残された子ども2人を食べさせるのにお金が必要です」と伏し目がちに話します。食べるものに困っているアンジェリーナのような人は少なくありません。一方、ジョセフィーナ(24歳)は「選別作業で得た収入で洋服を買ったり、野菜を買ったりできたら」と話し、アメリア(23歳)は「このお金を使って、将来はレテフォホ村の市場近くでレストランを開きたい」と夢を語ります。選別作業の中に、それぞれの住民が置かれた生活状況の違いが浮かびます。 コーヒー豆を精製する過程でたくさんの人々の手がかけられてきました。生豆の選別を行った女性たち、コーヒー農家の家族、そしてPWJスタッフ全員が、自分たちが一粒一粒精製したコーヒー豆が日本に届く日を心待ちにしています。このコーヒーは2004年初頭、PWJのフェアトレード商品として販売開始となる見込みです。 なお、PWJのコーヒー農民支援事業については2003年8月から、 国際協力機構(JICA、旧称=国際協力事業団)の協力を得ています。
このような繊細なコーヒー豆の品質管理をするため、レテフォホ事務所では天気・気温・湿度を記録しています。計測する時間は朝8時、午後2時、夕方7時の1日3回。農園主やPWJの東チモール人スタッフにも、コーヒー管理にたいする意識をもってもらうため「お天気チェック表」の記入は簡単な記号を用いています。
骨をおったのが、「くもり」と「霧」の違いの説明でした。現地の言葉(テトゥン語)で霧と雲は区別することなく同じものとして認識されているからです。2つの違いを何度も繰り返し説明し、ようやく「くもりは雲が上にある」「霧は雲が下のほうから現れる」という説明で納得してくれたようでした。 このお天気チェック表は収穫のはじまった2003年6月中旬から続けて記録されています。来年以降のコーヒー収穫や、今後建設予定のコーヒー豆の保管倉庫を作る際の参考となります。
海外事業部 山本有起
フェアトレード部 中村 倫子