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トピック

コーヒーの精製作業のモニタリングへ出かけるPWJスタッフ


肩から籠をさげてせっせと収穫


きつい体力仕事も助け合ってこの笑顔


脱肉作業を手伝うPWJスタッフ


家族が強く助け合う姿に感動
2005.09.23

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)が東ティモールでコーヒー生産者支援を始めて3年目の今年、支援地のレテフォホ郡は、収穫を前にした大事な時期、少雨となりました。コーヒー木の枝につく「つぼみ」が少なくなってしまい、品質は向上しているものの、どの集落も「コーヒーの実のつきが悪い」とため息をもらしています。しかし、そんななかでも、生産者たちは家族で力強く助け合っています。

ある日の午後、レテフォホ事務所からほど近いレテフォホ村のドゥホホ集落にコーヒーの精製作業のモニタリングに出かけました。

コーヒーの収穫期を迎えた集落ではどこでも、早朝から夜遅くまで収穫作業が行われます。モニタリング用バイクをおいた小径から歩くこと5分、傾斜の強いコーヒー林を抜けていくと女性たちの話し声が聞こえてきました。

「こんにちは! 今日はどのくらい収穫できていますか?」と問いかけると、彼女たちは収穫していた手を休めて、「こんにちは! 今日は少ししかないわ。私たち女性ばかりで収穫しているから」と返事が返ってきました。そういわれて見渡すと、男性たちの姿は見えず、おばあさんと年頃のお嬢さんばかりが肩から籠をさげて収穫にあたっています。ここ東ティモールでは一般的に家族総出で収穫作業にあたるため疑問に思い、「ルイスおじさんや男の子たちは、どこにいったの?」と聞き返すと、彼女たちは「今年は、コーヒーの実のつきがさっぱりだから、みんなは道路づくりの力仕事にでかけてしまったよ」と休めていた手を動かしながら答えました。

今、レテフォホ郡では日本政府による無償資金協力で、道路の舗装工事が進められています。一方、ドゥホホ集落でも雨量不足が原因で、コーヒーの実はちらほら枝にみえるのみ。そこで家計を助けるために、力のある男たちは、早朝から日が沈むまで道路の路肩にたまった砂や石を掃除する仕事に出ているのです。

この日の収穫を終え、精製作業も仕上げにさしかかったころ、「こんばんは!」と満面の笑みでルイスおじさんが帰ってきました。舗装工事の仕事から戻ったばかりで、体もくたくたのばずですが、家族のコーヒー脱肉作業をすぐに手伝い始めました。

東ティモールの住民たちにとって、天候によって豊作と不作の波があるコーヒーによって生計を立て、経済的自立を果たすことはまだまだ難しいのは確かです。けれども、家族同士が助け合い、少ない収入を分け合いながら生きている姿は力強く感じられます。PWJのコーヒー生産者支援は今、高品質コーヒーづくりの技術指導とともに、彼らが経済的にも精神的にも自立を手にする日をみすえて、コーヒー生産者組合の基盤作りに力を注いでいます。


美しい村、レテフォホ。左に見えるのが教会。


ざっくざっくと足踏みでコーヒー豆を洗浄する。


生産者たちと食事中のPWJ山本。子どもたちの笑顔に微笑む。


真っ白に輝くコーヒーパーチメント。3年間この村を見てきたPWJ山本が感激する光景。


子どももお手伝い、現地に定着したコーヒー洗浄
2005.08.09

報告:山本有起(PWJ東ティモール駐在スタッフ)


ざっくざっくざっくざっく。

朝7時すぎ、PWJレテフォホ事務所横のコーヒー精製所から、袋に入れたコーヒー豆を足踏みで洗浄する音が聞こえてくる。

レテフォホは標高1450mの山の尾根に広がる自然がとても美しい村。村のシンボルである真っ白な教会は、6時になると鐘を鳴らし朝の訪れを知らせ、夜明けとともに鳥がさえずる。あちこちの家から子どもたちが空のバケツを両手にもって飛び出し、水くみに出かける。

ざっくざっくざっく。

PWJが支援を開始して3年目。コーヒー豆の洗浄作業もここレテフォホ村では、収穫期の日常の景色になりつつある。

「おはようございます! 早いですね」とコーヒー豆を洗っている人たちに声をかけると、「おはようございます。調子はどうですか?」と笑顔が返ってくる。今日はジョゼ・ボスコさんが一番乗りだ。小学生の子ども2人が、ジョゼおじいちゃんのお手伝いとして交代でパーチメントの入った袋を足踏みしている。昨年、PWJが提案したコーヒーのヌメリをとるための洗浄袋は大好評で、これまで手や足をつかってヌメリを2〜3時間かけながらとっていたのが、今はこの袋のなかにパーチメント豆を入れて水をかけながら足踏みすること30分足らずでヌメリがとれる。世間話をしながら作業をみていると、近所のバボさんもやってきた。「おはようございます。お元気ですか」とみんなに声をかけながら、慣れた手つきでヌメリのたっぷりついたコーヒー豆を発酵層から取り出し、洗浄袋に入れていく。

これらはすべて、3年前にコーヒー生産者支援を開始したときには考えられなかった光景である。当初は、生産者を一堂に集めて、高品質コーヒーをつくるための精製方法をPWJスタッフが実践で何度も何度も見せながら伝えていた。生産者が、ああでもない、こうでもないと、こわごわコーヒー豆を取り扱っていたのが思い出される。初めての経験ばかりで疲れてしまい活動をやめたいと弱音を吐く人もいたし、30〜40年間まったく別の方法でコーヒーを作っていた生産者は、新しい技法になかなかなじめずにいた。それが3年のうちに、今ではPWJスタッフがほとんど口をはさむまずとも彼ら自身で高品質コーヒーを作れるようになった。

「ポルトガル人や中国人もレテフォホのコーヒーを買っていったが、日本人だけが私たちに本気でコーヒー作りを教えてくれた。作業は大変だけれど、この活動に参加するのが好きだ」。ジョゼ・ボスコさんはそういって手伝っている子どもたちに目をやる。この子どもたちが将来同じように高品質コーヒーづくりに携わるようになればという願いがこもっているようにみえた。

洗浄袋からとりだされたコーヒーパーチメントは、今年も真っ白く輝いている。その白さはレテフォホの生産者の誇り高さを現しているように思える。地道な支援が地域に根付きつつあることとともに、この3年間の歩みを知る者として感激を覚える。

*          *          *


世界の子どもたちが明るい将来を描けるよう、PWJは活動を続けていきたいと思います。子ども支援をはじめとしたPWJの活動に、みなさまのご理解とご支援をお願いいたします。

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良質のコーヒーをはぐくむレテフォホの風土


レッドチェリーのパルピング(脱肉)作業


生産者グループとのミーティング(ドゥクライ集落)


収穫や精製の作業を一緒に行った農民たちと。後列、左から4人目が山本。


激変乗り越えた2004年のコーヒー収穫作業
2004.10.12

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)が支援するレテフォホ郡5村すべてのコーヒーの収穫作業が9月10日に終了しました。今年はPWJにとっても、コーヒーづくりに参加した農民にとっても劇的な変化を乗り越えた「要の年」でした。

1つ目の変化はコーヒーづくりの参加者が、昨年の36世帯から120世帯へと一気に増加したことです。参加者が一気に増えたことで、昨年の参加者からは「高品質のコーヒーづくりができなくなるのでは」と品質に対する不安の声が上がりました。しかし不安を克服するように、旧メンバーたちは熱心にコーヒーの摘み方や精製方法を新メンバーに教え、今年のコーヒーの品質も昨年同様、満足いくものとなりました。

2つ目の変化は、各集落ごとにグループ形成をしたことです。昨年は、PWJ対各農家という支援方法でしたが、参加者の増加にともない、集落ごとにリーダーとサブリーダーを選出しグループ単位でコーヒーづくりを進めることにしました。1グループは10人前後でつくり、メンバーの選出も昨年のメンバーを中心に、農民たち自身で決定しました。グループは共同責任を負い、PWJからの貸与機材に責任をもったり、品質を落とさないようにお互いの作業を観察したりします。生産効率をあげることと、将来のコーヒー生産者組合の結成を見据えた試みでした。

ただ、彼らにとっては、たとえ同じ村の人といっても他人と共同で働くことには心理的ブレーキがかかります。2002年の東ティモール独立以前、インドネシアに併合されていた時代には、独立派とインドネシア併合派が同じ村に住んでいたため、村人は常に密告や裏切りの恐怖に脅かされていました。エルメラ県レテフォホ郡でも親戚縁者を越えた助け合いは、ほとんど行われていない状態でした。共同作業を通して、彼らはお互いの絆を強め、家族間を越えた新しい一歩を踏み出したのです。

3つ目の変化は、コーヒー生産量です。今年は、生産者およびPWJスタッフのがんばりにより、昨年の数倍もの量の輸出が決定しています。コーヒーの品質を維持しつつ、大量の生産量を上げられたことから、生産者もPWJスタッフも自信をつけ始めています。

コーヒー生産者たちとの活動は始まったばかり。世界の厳しいコーヒー市場に参入するためには、生産者1人1人の品質に対する意識を、もっともっと上げていく必要があります。生産者組合の結成や村をこえた協力関係づくりなど、課題はなお、山積しています。コーヒー支援開始から2年がたって、PWJの活動に対する理解が深まり、さらに新たな生産者が活動に参加したいと次々と手を挙げています。初心を忘れず、ていねいでニーズに即した支援を続けていきたいと思います。

報告:山本ゆき(レテフォホ事務所)

タウンミーティングで切実な思いを打ち明ける




会場には多くの住民たちが集まった


アルカティリ首相と記念撮影!

レテフォホ入りの首相ら品質向上の大切さ話す
2004.08.12

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)がコーヒー栽培などの支援をしている東ティモール・エルメラ県のレテフォホ郡で8月5日、首相や各大臣が一同に会する「タウンミーティング」が開催されました。これは、首相と大臣一行が各郡を訪問し、住民たちと直接対話をするというイベントで、この週はエルメラ県の5郡がタウンミーティングの舞台。5日が、レテフォホ郡にあてられました。首相らはPWJの支援にも触れながら、コーヒーの質を高める大切さを訴えました。

午前9時を過ぎたころ、一行がレテフォホの会場に到着。伝統的な色彩に彩られたオープニングセレモニーが行なわれた後、会議が始まりました。住民代表として、レテフォホ郡長がレテフォホ郡の現状報告と支援ニーズの報告をし、それから各村の村長さんが同じように現状報告と嘆願をしました。支援ニーズは、コーヒーを含めた農業はもとより、教育から保健、道路などのインフラストラクチャ(生活社会基盤)整備にも及びました。

村長や参加していた農民たちからは「コーヒーの価格下落を食い止めてほしい」という切実な願いが吐露されました。これに対し農林水産省のフランシスコ副大臣は「価格の下落を食い止めるには、コーヒーの品質を高める必要があります。日本のNGO(PWJのこと)が実施しているようにコーヒーの品質をよくすることが大事です」と応答しました。

炎天下のなか6時間にも及んだタウンミーティングが終了した後、マリ・アルカティリ首相とフランシスコ農林水産副大臣とお話する機会がありました。アルカティリ首相からは「これからも引き続き支援を継続していただきたい。それによって農民たちがもっと学んでいけるように」と。またフランシスコ副大臣からは「会議でも述べたように、コーヒーの価格下落を食い止めるには品質を向上させることが必要である。何よりも品質が大事である」との言葉がありました。

2年目のコーヒー支援事業。コーヒーの質が上がれば、その分売却価格も高くなるのだという実感が、生産者たちの意識はもとより、その身体にまで浸透するように、引き続き地に足のついた支援を継続していきたいと思います。

報告:中島純(PWJディリ事務所)

収穫された真っ赤なコーヒー実


赤い実だけを摘むPWJの契約農民


訪日したグスマン大統領時とPWJスタッフとの面会

「赤い実だけを摘むように」大統領もコーヒー農民に指示
2004.07.01

東ティモールの自立に向けてPWJは、現状では唯一の輸出産品であるコーヒーに着目。完熟した赤い実だけを収穫し、精製プロセスの各段階で質の向上を図るよう技術指導を続けています。現地政府をはじめ、シャナナ・グスマン大統領も、コーヒーの質の向上こそが東ティモールコーヒーが国際市場に受け入れられるために重要との姿勢を強調していますが、このほどそうした姿勢を裏付ける現地の有力紙の記事が、PWJの東ティモール駐在スタッフから東京事務所に届きました。

有力紙「SUARA TIMOR LOROSAE」(スアナ・ティモール・ロロサエ)が5月に掲載したのは、コーヒー協同組合の加工施設をグスマン大統領が視察したときの報告。同紙によると大統領は、加工されるコーヒーの中に、熟していない実が混じっていることに気づき、完熟した赤い実に未完熟の青い豆が混じってしまうと価格低下の要因になると指摘。さらに、次のように述べたといいます。

「もし、私自身が農民からコーヒーを買い付けるとしたら、良質のものだけを買って国際市場に出す。しかし、完熟していない青い豆が混じったコーヒーを買ってしまったら、私は国際市場にその豆を売ることはできない。国際市場に売ることを考えたら、私は大きなサイズの完熟したレッドチェリーだけを選ぶ」

コーヒーに賭ける大統領の思いは、2月に日本を訪問したときにも、表れていました。過密なスケジュールの合間をぬって、PWJなど東ティモールで活動する日本のNGOとの面会に応じた大統領は、PWJの東ティモール担当、金丸智昭、牛田眞也子から現地での支援内容についての説明を熱心に聞きました。そして、金丸らが「レテフォホ郡でつくられたコーヒーです」と東ティモール・ピースコーヒーを渡したところ、「東ティモール人の私に東ティモールでつくったコーヒーをくれるのですか」と笑いながら、とてもうれしそうに受け取りました。

その翌日、シンポジウム「平和構築支援の課題:東ティモールとアフガニスタンの復興に向けて」で基調講演に立った大統領は、講演の締めくくりに、独立した東ティモールの復興へのカギを握るものとしてコーヒーに言及。「東ティモールには、世界でも最高のコーヒーがあります。その天然度は199%です!」と結びました。

「大統領の発言や政府の動きが、コーヒーの品質向上に向けた取り組みの追い風になってくれれば」とPWJディリ事務所の中島純。新聞記事は、農民たちにも配布しているとのことです。


コーヒーの選別作業を進める
レテフォホの人たち


「生豆に託された思い」
2003.11.08

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)がコーヒー生産支援を進めてきたレテフォホ郡で、今年収穫したコーヒー豆の加工作業がついに完了しました。6月中旬に開始した真っ赤なコーヒーの実の収穫から4カ月、乾燥後、倉庫で寝かされたパーチメント豆はその白い外皮を脱穀されてようやく生豆となり、日本へ向けて出港しました。

生豆を日本へ船で送り出すまでの間に、レテフォホ村で生豆の選別作業が行われました。深緑色の生豆のなかから除外しなければいけないのは、黒豆(死に豆)、虫に食われている豆、未完熟豆など。欠陥豆が混ざっていると、コーヒーカップに注がれたときに味が落ちてしまいます。

PWJレテフォホ事務所では、選別作業を進めるため、レテフォホ村・ドゥクライ村の女性5人を臨時雇用しました。彼女たちが朝8時に出勤してくると、作業場は心なしか華やかな雰囲気に変わりました。欠陥豆は彼女たちの目で一粒一粒、丁寧にはじかれ、なれた手つきで豆を選別していく彼女たちの足元の箱には、きれいな豆だけが絶え間なく流し込まれました。

選別メンバーのひとり、アンジェリーナ(28歳)は「夫が西ティモールに逃亡してしまい、残された子ども2人を食べさせるのにお金が必要です」と伏し目がちに話します。食べるものに困っているアンジェリーナのような人は少なくありません。一方、ジョセフィーナ(24歳)は「選別作業で得た収入で洋服を買ったり、野菜を買ったりできたら」と話し、アメリア(23歳)は「このお金を使って、将来はレテフォホ村の市場近くでレストランを開きたい」と夢を語ります。選別作業の中に、それぞれの住民が置かれた生活状況の違いが浮かびます。

コーヒー豆を精製する過程でたくさんの人々の手がかけられてきました。生豆の選別を行った女性たち、コーヒー農家の家族、そしてPWJスタッフ全員が、自分たちが一粒一粒精製したコーヒー豆が日本に届く日を心待ちにしています。このコーヒーは2004年初頭、PWJのフェアトレード商品として販売開始となる見込みです。

なお、PWJのコーヒー農民支援事業については2003年8月から、
国際協力機構(JICA、旧称=国際協力事業団)の協力を得ています。

 
「毎日欠かさずお天気チェック」
2003.09.11

コーヒー豆は天候の変化にとても敏感です。
特にパーチメント豆(コーヒーの果肉を除去して、乾燥させたもの)の保管は気温が15度前後の風通しのよいところが必須条件。

せっかく一生懸命赤い実だけを摘みとり、ここまで一粒一粒ていねいに処理してきても、その豆の保管状態が悪ければ、コーヒーの品質はあっけなく低下してしまいます。

例えば、カビ。湿度が高すぎるとカビが生えてしまい、コーヒーは台無しです。また急激な温度や湿度の変化は、コーヒーの豆自体にダメージを与えます。

このような繊細なコーヒー豆の品質管理をするため、レテフォホ事務所では天気・気温・湿度を記録しています。計測する時間は朝8時、午後2時、夕方7時の1日3回。農園主やPWJの東チモール人スタッフにも、コーヒー管理にたいする意識をもってもらうため「お天気チェック表」の記入は簡単な記号を用いています。

 
    7/23 7/24 7/25 7/26 7/27 7/28 7/29 7/30 7/31 8/1 8/2
8:00 tempu
temperatura 17.5℃ 19℃ 18℃ 17.5℃ 17℃ 17.5℃ 17℃ 18℃ 17.5℃ 17℃ 16℃
humidade 85% 57% 79% 72% 73% 69% 75% 63% 70% 60% 45%
14:00 tempu  
temperatura 21℃ 18℃ 18.9℃ 20℃ 18.5℃ 19℃ 20℃ 19℃ 20℃
humidade 54% 92% 76% 60% 74% 63% 50% 45% 48%
19:00 tempu
temperatura 21℃ 20℃ 19℃ 19℃ 20℃ 18℃ 19.5℃ 19.9℃ 19.9℃ 19℃ 18.9℃
humidade 64% 72% 77% 80% 68% 74% 75% 67% 64% 58% 67%
◎lolon 
△rai-kalohan
●udan
*lai-abu
◎ Lolon=
△ Rai-kalohan =
● Udan =
* Lai-Abu=
意味「太陽」 →
意味「雲」 →
意味「雨」
意味「雲」→
晴れ
くもり

 

骨をおったのが、「くもり」と「霧」の違いの説明でした。現地の言葉(テトゥン語)で霧と雲は区別することなく同じものとして認識されているからです。2つの違いを何度も繰り返し説明し、ようやく「くもりは雲が上にある」「霧は雲が下のほうから現れる」という説明で納得してくれたようでした。

このお天気チェック表は収穫のはじまった2003年6月中旬から続けて記録されています。来年以降のコーヒー収穫や、今後建設予定のコーヒー豆の保管倉庫を作る際の参考となります。

海外事業部 山本有起


「収穫後の果実の行方」
2003.07.31

収穫された果実は、一旦ビニールシートに広げられます。農園の家族とスタッフで、その日摘み取った果実を囲んで、選別を行います。青い未熟豆や、熟しすぎた過熟豆を手作業で取り除くのは一苦労!でも、「真っ赤な完熟豆」以外の豆は、最終的に私達が口にするコーヒーの香味に、悪影響を及ぼしてしまうのです!
根気のいる地道な作業ではあるけれど、農園の家族の方々は、時には東ティモールの歌「チモール・ロロサエ(日が昇る場所)」を歌いながら、作業に励んでいます。

フェアトレード部 中村 倫子


「コーヒーの収穫は朝から晩まで」

2003.07.15

コーヒーの収穫は、朝から夕方まで、昼食持参で農園に入りこんで行われます。
コーヒー農園は、コーヒー木を直射日光から守るために植えられた背の高い日陰樹
(シェードツリー)に覆われた、幻想的な空間です。
農園に足を踏み入れると、そこは、「早く摘み取って!」と言わんばかりの、コーヒー果実(レッドチェリー)が、私たちを迎えてくれます。レッドチェリーは、生産者の方々の手で一粒一粒摘み取られます。摘みごろの果実は、さくらんぼのような真っ赤なもの。
みんな、無言で、もくもくと作業に取り組みます。

お昼の時間、お腹がすいてきて、いよいよコーヒーの実が本当にさくらんぼに思えてきた頃、農園の方から昼食のおもてなしがありました! 農園で、みんなで一緒に食べるランチは、とっても美味しい!  さてひと休憩してまた午後の収穫のスタートです。

フェアトレード部 中村 倫子

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