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アフガニスタン これまでの最新情報 2004


完成したいす



製作途中





作業中の元兵士

元兵士が製作の机・いす まもなくカブールの学校へ
2004.10.12

教育環境の整備が国づくりへの課題となっているアフガニスタン。その首都カブールでピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)が再建した学校に、教育省が調達するはずの机・いすが届かず、新たな課題となっていましたが、多くのみなさまから新たな寄付をいただき、事態が解決できる見通しとなりました。製作も職業訓練を受けた元兵士たちに委託することができ、彼らの社会復帰や若者の失業対策にもつながる取り組みとなりました。

PWJは2004年までにカブール市内で4校の再建・新設を行いました。このうちの1校は再建に合わせてPWJが机・いすを提供。残る3校については、アフガニスタン教育省が机といすの調達をする予定でしたが、教育省は予算不足に直面。教育省から「机といすについてもPWJからの支援をお願いしたい」との要望が寄せられるようになりました。しかし、PWJとしてもすでに他の支援事業を進めていることもあり、新たな資金の確保が課題となっていました。

PWJでは、教育支援をはじめ、アフガニスタンの自立支援を加速するため、今年5月下旬より「アフガニスタン自立支援キャンペーン」を展開。その結果、多くのみなさまから600万円を超える新たな寄付をいただくことができました。活用方法を検討した結果、緊急給水事業などとともに、この机・いすの製作・提供に約300万円を使わせていただくことといたしました。

今回PWJでは、アフガニスタンで除隊兵士の社会復帰を支援している団体と連携。この団体が運営する施設で職業訓練を受けてきた元兵士である若者たちに、実習の一環として、生徒用の机・いす620セット、教師用机38卓の製作を発注しました。

製作は若者たちの訓練としても行われているので、時間をかけて正確に作業が進められています。現在、第一期となる生徒用の机・椅子115セット、教師用の机38台の製作がほぼ終わり、10月中には学校への搬入が行われる予定です。その後第二期の製作が開始され、数カ月かけて残りの机・いすが製作される予定です。

現地からの報告によると、職業訓練も兼ねた今回のプロジェクトは、元兵士の社会復帰に貢献するとともに、元兵士たちの心に地域社会への奉仕の精神を育んでいるようです。仕事がなく、生きていくために窃盗などを繰り返してきた元兵士たちに、技術を身につけ仕事を得たことで責任感が生まれ、学校のドアの修復や、公共物の修理などを無償で引き受ける者も出てきています。職業訓練に真剣に取り組む元兵士たちの姿を目の当たりにし、訓練校のある地元の村人たちも彼らの社会復帰に向けて協力してくれるようになりました。

PWJでは今後も、多くのみなさまの協力やご理解をいただきながら、教育環境の向上をはじめとする自立支援事業を進めていく方針です。

 


すくすくと育つアーモンドの苗木



苗は1平方メートルにつき8本ずつ植栽



成長を大事に見守る



数年後、アーモンドの木に花が
咲き、 実がなる
かつての特産、さくらんぼやアーモンドを再び
2004.07.30

アフガニスタン北部のサリプル州は、かつては果樹栽培で知られた地域でした。収穫期にはアプリコット(杏)やさくらんぼ、アーモンドなど各種の果実が実りました。しかし、長年の戦乱や干ばつのために果樹園は完全に破壊され、村に戻った住民たちには今、苗木を買うための収入もありません。ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)は、特産の果樹栽培を再興させ、住民の自立を進めるため、果樹園のプロジェクトを進めています。住民たちに笑顔でもっと果物を食べてもらいたい!との思いも込めて。

PWJが果樹園のプロジェクトを始めたのは2003年11月。PWJの農業チームは、まずプロジェクトを実施する地域として、ソルハック村、チェシュマシャファ村、ラーマバード村の3つの村を選定。それぞれ2000平方メートルの土地を借り上げ、灌漑施設を整えました。園内には、アプリコット(杏)、さくらんぼ、アーモンド、桃、ベリー、くるみを植栽。土地所有者がPWJ農業スタッフの指導を受けながら、発芽を促進したり、接ぎ木(つぎき)をしたりして、大切に育てています。雑草や害虫の除去にも細心の注意を払いながら、果樹園の運営にあたっています。

この5月には、果樹園プロジェクトをより深く知ってもらうため、フィールドデイを開催。農民たちや、農業省の職員らを前に、PWJの農業チームがサリプル州での農業分野のニーズと果樹園の重要性について説明しました。

植えられている苗木は、3カ所合わせて5万本近く。1平方メートルに8本ずつ植えられ、現在高さ80センチあまりに成長しています。苗木が、1メートルを超えるくらいに成長したら、サリプル州内の農家1000世帯に配布する予定で、3年後に最初の収穫期を迎えます。そのとき、鈴なりに実った各種の果実がアフガニスタンの人びとの渇きをうるおし、市場で販売されて生産者の収入増につながることが期待されています。

※PWJでは、アフガニスタン自立支援キャンペーンを実施しています。住民の自立と再建のため、みなさまのご理解とご協力をお願いします。


繭を日干しにして中のさなぎを
死なせます



繭の長さは2〜3センチ



桑の葉を食べて成長する蚕



カメラを向けると女性が顔を隠す土地柄
シルクロードの国で、女性の手に蚕(かいこ)の繭(まゆ)
2004.07.21

外に出て働くことが難しいアフガニスタンの女性の自立を目指し、ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)が2002年から行っている養蚕(ようさん)技術指導の今年のコースがこのほど終了。今年のコースに参加した北部サリプル州の女性150人が、蚕(かいこ)の繭(まゆ)を手にすることができました。女性たちには、繭をそのまま市場に出荷したり、繭から絹の糸を紡ぎだしたりして、現金収入を得る道が開かれています。

アフガニスタンでは伝統的に女性が外に出て働くことは認められてきませんでした。タリバン政権崩壊後も状況はあまり変わらず、とくに地方では保守的な考え方がなお強く残っています。一方、長く続いた戦乱で多くの男性たちが死傷し、女性が何人もの子どもたちを抱えて生計を担わなければならない家庭が少なくありません(全土で数十万人から200万人の女性が夫を亡くしたとされています)。家庭のなかで女性たちができる仕事をつくることは、住民の自立、地域の安定と復興に不可欠でした。

女性の仕事のなかで、PWJが着目したものの1つが養蚕でした。アフガニスタンは遥か昔からシルクロード【絹の道】の要衝として栄えた地域。シルクロードを絹が行き来しただけではなく、アフガニスタンでも蚕を飼い育て、繭から糸を紡ぎ出してつくる絹織物や刺繍作業が盛えてきました。そしてその技術は、家庭の中で、女性たちが代々受け継いできました。長く続いた戦乱と干ばつのために、住民たちは一時、住み慣れた村を離れ、女性たちは養蚕から縁遠くなりましたが、この伝統産業が復興と自立に大きく役立つとPWJは考えたのです。

PWJによる養蚕技術指導では、毎年2月頃、蚕の卵を参加者たちに配布しています。PWJは3つの村にトレーニング場を設置。約5カ月間、参加者たちは毎日、トレーニング場に来て、PWJスタッフの指導を受けながら、蚕を孵化させ、幼虫から繭になるまで育てます。蚕を地中で育てる伝統的な方法では幼虫が他の昆虫などに襲われてしまうため、飼育台を設置して、そのうえに幼虫の餌となる桑の葉を置いて育てる方法を指導しています。飼育台はPWJが提供しましたが、桑の葉は参加した女性たち自身で調達しています。

こうした取り組みの結果、今年は150人がトレーニングを終えることができました。繭や絹製品を取引する市場はまだ大きくはありませんが、PWJの調査によると、繭や絹製品に対する需要は強くあります。PWJではまた、住民たちの市場へのアクセスを改善するため、道路や橋の整備事業も推進。ゆくゆくは女性の手による絹織物や刺繍製品が市場に出回り、収入が増え、社会的地位の向上にもつながるのではと期待しています。
 


屋外で授業を受ける子どもたち



机・椅子の到着を心待ちにする
学校も多い



ためらいもなく武器とともに写真に
納まる若者(2002年撮影)
元兵士らの手で再建の学校に机や椅子を
2004.07.01

戦乱が長く続いたアフガニスタンでは、教育環境の整備とともに、元兵士たちの社会復帰や若者の失業対策が重要な課題となっています。ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)では、学校の再建が果たされたものの、机・椅子がない環境で勉強を続ける子どもたちの支援をするため、その机・椅子の製作を、元兵士などが通う職業訓練施設へ依頼することを合わせて計画しています。

アフガニスタンでは20年余りにわたって戦乱が続いてきました。若者たちの多くは教育の機会を奪われ、生まれてから戦争しか知らずに育ってきました。そうした彼らにとって生きていくための力とは、鉛筆を持ち、文字の書き方を学ぶことではなく、「カラシニコフ」などの銃や各種の武器の扱い方を覚えることでした。

平和への道を歩き始めたアフガニスタンでは今、教育環境の再建とともに、元兵士たちの社会復帰が進められています。国連などは、武装解除と引き替えに、彼らに生活再建のための資金を手渡していますが、武装解除は簡単には進みません。教育も職業訓練も受けてこなかった彼らは職に就けず、銃を扱う以外に生活の糧を見いだせないのです。銃を持った若者たちは集団となって、強盗まがいの誤った道に走ってしまうことさえあります。

こうした流れを断ち切りたいとの思いも込めて、PWJが検討しているプランでは、元兵士や職のない若者たちが通うカブール市内の職業訓練施設に、約2400人分の机と椅子の製作を依頼。訓練生の技術向上と収入の確保を図ります。完成後の机と椅子は、カブール市内でPWJが再建したものの、教育省による机・椅子の調達が困難になっている2校に提供する考えです。必要な資金は約300万円。日本のみなさまのご支援があれば、計画を前進させ、元兵士たちへの支援とともに、子供たちの教育環境を大きく改善することができます。皆さまのご協力をぜひ、よろしくお願いします。
 


アシアバード村の橋



ボガウィ村の橋



建設中のようす(アシアバード村)



橋ができる前、歩いて川を渡ろう
とする住民



農産物の集荷先として期待される
サリプルタウンの市場
北部に2つの橋 メロン、スイカの出荷にも貢献
2004.06.25

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)が北部サリプル州のシーラム地域で建設していた橋がこの春完成しました。シーラム地域(85カ村、約10万人)に住む農民たちはこれまで、メロンやスイカ、小麦などを収穫しても運搬手段がないために、州都サリプルタウンなどの市場へ出荷することが困難でした。橋の完成により、出荷や流通が活発になり、国内避難民・帰還民の多いシーラム地域の生活向上につながることが期待されています。

国内避難民や帰還民が多く住むサリプル州でPWJは、住民の自立促進をめざし、地域の総合的な復興開発支援を続けています。この春完成した2橋は、PWJが2003年12月から、ボガウィ村とアシアバード村で建設を続けていたものです。

橋の完成前、ボガウィ村の橋は長年の戦乱と老朽化のため、ほぼ全壊の状態。アシアバード村の橋は、橋とは呼べない状態でした。川を越えるには、両岸に渡した鉄パイプや角材の上を渡る、水の中に入るかしかありません。農産物を運搬するとき現地では、ロバの背に乗せたり、ロバに荷車をひかせたりしますが、対岸へ行くには川の浅瀬を探しながら人がロバを引いて水の中を進んでいました。運搬作業が大変なだけではなく、冬場になると、水くみや学校の行き帰りなどに橋を渡る子どもたちの転落事故が相次いでいました。

橋の建設にあたってPWJは、現地の住民らを労働者として雇用。今年4月中旬、鉄筋コンクリートなども使った新しい橋が完成しました。総工費は約600万円でした。

シーラム地域とサリプル中心部は、車なら約30分の距離。橋の完成によって、夏以降に収穫期を迎える小麦やメロン、スイカ、アーモンドなどの出荷に役立つほか、サリプル中心部の病院などへ行くことも容易になると考えられます。

※PWJでは、アフガニスタン自立支援キャンペーンを実施しています。住民の自立と再建のため、みなさまのご理解とご協力をお願いします。

 


「なぜ、学校ができたのに、机や
いす はないの?」



真新しい床に教科書を広げる



PWJスタッフをみつめる女生徒



男子クラスも状況は同じ
生徒たちは床で勉強 再建の学校に机・いすがない
2004.06.04

学校再建が進む首都カブールで、新たな課題が持ち上がっています。新設された学校に教育省から届けられるはずの机といすが調達されないのです。原因は、教育復興のための資金不足。ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)がカブール市内で建設した4校のうちの3校がこうした状況で、PWJとしても新たな資金確保の必要に迫られています。

教育復興は、内戦や教育の機会が保障されない状況に置かれてきたアフガニスタンの人びとが復興を実感するためにも大変重要です。PWJは2004年1月までにカブール市内で、アシフメイル中学校、アラウディン中学校、ナスワンパグマン高校、ズコールパグマン高校の4校を再建・新設。アシフメイル中学校では机やいすなども合わせて提供しましたが、他の3校については、校舎の建設だけが進められました。教育省との協議のなかで、「机・いすは教育省が用意するので、校舎建設を優先して進めてほしい」との考えが伝えられていたため、PWJとしても校舎再建を最優先したのでした。

ところが教育省の持つ予算は少なく、予定していた机・いすの調達は困難になりました。教育省からPWJにあらためて、「机・いすについてもPWJからの支援をお願いしたい」との要望が寄せられました。PWJとしても他の支援事業を進行させていたため、新たな資金確保を迫られる事態になりました。

PWJでは机・いすの購入費用を確保に向け、助成団体や公的機関と話し合いを重ねましたが、「カブールの学校再建は、支援の必要な時期を過ぎた」「机・いすだけの支援という形では協力できない」というところが多く、机・いすを調達するための資金が確保できていません。

PWJのアフガニスタン駐在スタッフ、柴田裕子がそうした学校を訪ねると、生徒たちはコンクリートの床に座って授業を受けていました。せっかく建設された校舎で学ぶことができず、別の学校の教室やモスク(イスラム教の寺院)の一角で勉強している生徒もいます。柴田からは「子どもたちにみつめられ、学校ができたのにどうして机やいすはないの?と聞かれているような気持ちになった。日本のみなさんにも協力してもらって、早く解決策をみつけたい」という報告が届いています。

※PWJでは、アフガニスタン自立支援キャンペーンを実施しています。住民の自立と再建のため、みなさまのご理解とご協力をお願いします。
 


水のない季節のサリプル州



水と緑あふれる、雨季のサリプル州



伝統的溜池に併設されたPWJの貯水槽



奥の溜池と比較すると、水質の違いは歴然
完成まであと少し! 水のあるサリプルへ貯水槽やダム続々
2004.05.27

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)は2003年から、アフガニスタン北部サリプル州で水供給の安定化に向けた活動を行ってきました。集水ダム2基、貯水槽10基、井戸30本からなるこの大規模事業も、6月末の完成へ、ラストスパート! 生活に欠かせない水を確保するために、今日も作業が進んでいます。

何よりも大切な水を求めて

サリプル州で暮らす人びとにとって、一番の課題は水の確保です。この地域では周期的に干ばつが発生。干ばつがない年でも、水があるのは降雨や雪解け水のある1〜4月に限られ、残りの時期には多くの河川が干上がってしまいます。過去には、生きていくための最低限の水も確保できないために、多くの人が村を離れ、国内避難民となった時期もありました。いまは村に戻った人びとに生活を安定させ、地域の主要産業である農業を復興させるためには、水供給の安定化が不可欠です。

「水の確保」といっても、日本のように水道管を敷き、蛇口をひねれば水が出るようにするわけではありません。その地域にある地下水や、山肌をつたう雨水、雪どけ水などの地表水を、逃さず大切に使うことで乾季を乗り切るのです。PWJは、地下水をくむことができる場所では井戸を、それ以外の場所では貯水槽と集水ダムを建設。地下水と地表水の両面から水の確保に取り組んでいます。

伝統的な方法を補うPWJの貯水槽
PWJが建設している貯水槽は、いずれも容量12万リットル。1基分の水で、50人が160日間利用できることを想定しています。人が生き延びるために必要とされる水は1日に約7リットルですが、生命の維持だけでなく、その地で人間的な生活を営むためにPWJでは、1人あたり1日15リットルの水を確保することを目指して、貯水槽の容量を計算しました。

サリプル州の多くの村では伝統的に溜池 (seasonal pond) を建設。生活用水と家畜用の水として使用してきました。しかし地面に穴を掘って雨水や雪解け水を溜めただけの溜池は、泥水であるために水質が悪く、蒸発しやすいことが問題でした。

この問題への解決策として考えられたのが、PWJの貯水槽。伝統的溜池に併設し、いったん溜池で不純物を沈殿させてから、うわずみを貯水槽で貯水します。さらに貯水槽に屋根を設けることで、新たな不純物の混入を防止し、日照による蒸発散も防ぎます。伝統的な溜池をいかしつつ、より安全で長期間使用できる貯水槽の水は、アフガニスタン農村が自立するための重要な基礎となります。


貯水槽完成までのプロセスを写真でご覧ください。
アフガニスタン 支援の現場からへ
 


サリプル地域まで整備された道路



道路を整備するPWJスタッフ



整備される前の道路



サリプルの村々へと続く道路

PWJの道路建設で住民の生活向上
2004.04.16

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)が北部サリプル県中心部と県内の85の村を結んで建設した道路によって、いま、地域住民の生活向上への期待が高まっています。道路建設によって農民たちが県中心部へ農産物を運んで売ることが可能になったうえ、建設作業にともなう労働者の需要は住民の雇用にもつながりました。さらに、道路の開通によって国際NGOなどの地域内へのアクセスが容易になり、同地域で進められている支援活動の拡大にも貢献しています。

PWJの道路建設プロジェクトは、シーラム地域のバガウィ村とカダムジョイ村の間、約20キロを結ぶもの。2003年7月から2004年1月にかけ、総事業費約2000万円で行った工事の結果、シーラム地域の85の村々で暮らす約10万人の人々と、サリプルの中心部がつながりました。

サリプル県シーラム地域は、国内避難民キャンプで暮らしていた人々の主な帰還先のひとつ。高原や丘、窪地に点在している85の村々から形成されるこの地域の大きな問題の一つが、整備された道路がないことでした。道路完成前の主な交通手段はロバと馬。利用できる道路と交通手段が限られていることによって、多くが貧しい農家であるシーラム地域の人々は、帰還後も困難な状況に直面していました。

県の中心から離れれば離れるほど生活物資の価格は高く、サリプル中心部とシーラム地域の村々とでは、シーラム地域の方が生活物資の入手にかかる負担が大きくなっています。一方で、村の市場やバザールでの野菜・果物の価格は、都市部ほど高くありません。都市部に出る手段をもたないシーラム地域の農民たちの生活は、収入のもととなる農作物を安い値段で販売し、生活物資を高い値段で購入するため、ますます困窮。農作物を都市部で高く売るためにも、県中心部と村々を結ぶ道路が切望されていました。

現在、完成したこの道路の上を自動車が人や物資を積んで走っています。村の農民たちの中には早速、サリプル中心部のマーケットまで農作物を売りに行く人も。今後は、同地域で続く農業復興支援の進展とあわせて、人びとのさらなる生活向上が期待されています。
 


鶏の世話をする女性



すくすくと育っている鶏たち
「共同管理の養鶏場ができて生活安定」
2004.04.16

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)が2003年7月に北部サリプル州に開設した、女性たちが共同で管理する養鶏場プロジェクトの効果が表れてきました。「技術を身につけ、収入の道が開かれたことで、生活が安定した」「家族のために食糧を買うことができるようになった」と女性たちは訴えます

PWJは2002年からアフガニスタンで、配偶者を失うなどしたために社会的に弱い立場にある女性を対象に養鶏トレーニングを実施してきました。この経験を引き継ぎ、2003年7月、女性たちが共同で管理する最初の養鶏場をサリプル州に開設しました。

PWJはまず、約3000羽の鳥を収容できる小屋を建設。その後は訓練を受けた女性たちが各12人のグループをつくって養鶏場を管理し、自主的に給餌・健康管理・繁殖を行っています。生産した鶏肉や卵は地域の住民に販売されるほか、他の市場でも販売されています。この施設は、サリプル州の女性たちに収入向上の機会を提供するだけでなく、農業復興の途上にある地域社会の収入源を多様にし、その安定に貢献しています。

このプロジェクトを始めて以来、女性たちの反応はとても好意的です。PWJスタッフが行った調査では、多くの女性が、以前には持っていなかった技術を手に身につけたことをプロジェクトの成果として挙げました。また、収入を得られるようになったことで家計が安定し、家族のための食糧などを確保できるようになったことがうれしいと答えた女性もいました。
PWJは今後も、養鶏技術やニワトリの市場に関する講座を開催するなど、養鶏分野での支援を進めていきます。
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