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アフガニスタン これまでの最新情報 2005
 

建設中のダムが豪雨で流失
2005.07.07

アフガニスタン北部サリプル州を襲った「ひょう」を伴う未曾有の豪雨によって、ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)が建設を進めていた2つのダムが、一部を残して流失するという非常に残念な事態が発生いたしました。人的な被害や、住居や畑への被害はなかったものの、周辺のいくつかの貯水施設に泥が流入するなどの被害が出ています。PWJでは、原因究明と善後策の検討を進める一方、被害が出た村に対する給水支援の実施などを予定しています。

PWJでは、北部総合開発の一環として、サリプル州内で水の確保につながる事業を展開しています。今回、大雨の被害を受けたダムも、こうした取り組みの一つで、それぞれ2004年4月から、日本外務省から資金供与(*)を受けて、建設を進めていました。貯水量はそれぞれ約50,000立方メートル。近く工事が完了し、サリプル州政府に引き渡す予定でした。

ひょうを伴う豪雨があったのは、6月10日。現地では、非常にまれな大量の降雨量でした。このため付近一帯に降った雨が大量に、建設中のダムに流れ込みました。現地のPWJスタッフが調査を行ったところ、13日に1つのダム、14日にもう1つのダムの被害を確認しました。付近の村落で、この事故による被害の調査を行ったところ、人的被害や、住居や畑への被害を免れていたのは不幸中の幸いでしたが、いくつかの貯水施設に泥が流入するなどの被害が発生していました。

PWJでは、このような事態を厳粛に受け止め、目下原因の究明に努めるとともに、善後策について検討いたしております。また、被害を受けた村に対しては、施設の復旧と給水の支援を実施する予定です。本件に関する今後の対応については、本ホームページ上にて随時、報告いたします。

*2つのダム建設と、28本の井戸掘削、10カ所の貯水槽建設からなる事業の総事業費は、約4,400万円。

 


補修工事を行う前の養鶏場



PWJが地元で購入した孵化器



第1回目に孵った雛たち



第1回目に孵った雛の1ヵ月後



識字教室の授業中、板書する女性。


元難民の女性たちに養鶏トレーニング
2005.05.12

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)がアフガニスタン北部サリプル州のサヤド郡で2004年11月から続けている今期の養鶏トレーニングが終了に近づいています。養鶏についての知識を身につけた20人の参加者たちは、5月下旬の終了時にヒナなどを持ち帰り、自宅で養鶏を継続。鶏卵や鶏肉を売ることで貴重な現金収入を得ることができるようになります。トレーニングではまた、初歩的な読み書きを教える識字教育も合わせて実施しています。

PWJがアフガニスタンで養鶏トレーニングの事業を最初に手がけたのは2002年5月。文化的・宗教的背景から外で働くことが難しい現地の女性たちが自宅で、しかも比較的容易に始められる仕事として、PWJは養鶏に着目したのです。その後、実施場所を変更・拡大し、何期にも分けて、多くの女性に養鶏の知識を提供してきました。

今期の事業には、かつてパキスタンに難民として逃れた経験を持つ20人の女性が参加。従来からの取り組みと同様、地域の中心部にある民家を借り上げ、養鶏場として適するように屋根や出入口などの補修工事を行うことからスタートしました。2004年12月には、孵化器を購入して設置。他の養鶏場から購入した受精卵を孵化器にセットし、実際に卵から育てる作業に取り組みながら、必要な知識を教えていきます。エサに混ぜてビタミン剤を与えることや、ワクチンの投与についても、実習しながら身につけます。

実習を重視していることには、大きな理由があります。参加している女性は、過去に教育を受ける機会がなかったために、文字が読めないのです。もちろん、実習だけで伝わりにくい部分は、図を使いながら、詳しく説明していきます。

何度かに分けて卵からかえったヒナは現在、約600羽。早い時期にかえったヒナのなかには、小ぶりながら成鶏になりかけているヒナもいます。5月下旬にトレーニングが終了すると、参加者は1人20〜30羽のヒナを持ち帰りことができ、産卵された卵や肉を比較的高い値段で売ることができるようになります。また養鶏場は、技術を身につけた女性たちにワクチンを配付したり、受精卵を販売したりする場所として、参加者のなかの数人によって運営されることになります。

事業を担当したPWJスタッフの柴田裕子は「参加した女性たちは、帰還してきたばかりで夫も仕事を持っていない人が多く、養鶏で家計を助けていきたいという気持ちが非常に強い。パキスタンに難民として出て、なかには夫とともにレンガ積みなどの仕事をしてきた人が少なくなかったことが、農村部でありながら、女性が研修や仕事へ高い意欲を持ち、その家族も理解があることにもつながっていると思う。養鶏はそれほど難しい仕事ではないので、これだけの研修を受ければ、きっと大丈夫」と話しています。

合わせて実施した識字教育では、読み書きがまったくできなかった女性たちが、自分や家族の名前、住んでいる村の名前などを書けるようになり、簡単な文章が読めるようになりました。
 


蚕を乗せる台を製作中



養蚕局長と卵・生後1日の蚕



孵化後約3週間の蚕



孵化室に入れて2日目

再建された養蚕場で蚕が次々と孵化
2005.04.24

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)がアフガニスタン北部サリプル州で、女性支援の一環として実施している養蚕事業で、農業省養蚕局の養蚕場と事務所が完成しました。さらに春を迎えた現地では、新しい養蚕場を使って、蚕を再生産させる次の段階の取り組みが始まり、最初に持ち込んだ蚕の卵は、もうすぐ繭になります。

"シルクロード"(絹の道)の要衝に位置するアフガニスタンは、以前からシルク生産がさかんな土地。とくにサリプルなどの北部は、良質のシルクが生産されることで有名で、絨毯や衣服などの製品が作られてきました。多くの女性が養蚕を行い、女性にとっての重要な収入源でした。しかしながら、長年の紛争や干ばつによって、養蚕の習慣は途絶え、アフガニスタンに生息していた蚕は、いなくなってしまいました。

北部の中心の町、マザリシャリフには、農業省が管轄する養蚕局があり、かつては付属の養蚕場で生産した蚕卵を周辺の地域に販売していましたが、内戦により養蚕場は破壊され、流通ルートがなくなりました。それでも、養蚕局が所有している桑の木は残り、戦乱のなかでも手入れが続けられてきました。広大な桑畑には、20年以上も前に日本の政府開発援助(ODA)で植えられた桑の木も多く残り、立派な葉をつけています。

PWJでは、サリプルの女性たちが再び、蚕卵を安定して手に入れられるようにするため、養蚕場と関連施設を再建することを計画。2004年度から2006年度までの3年間で実施する「蚕生産と女性支援のための養蚕研修事業」に乗り出しました。事業は3つのフェーズ(段階)からなり、2004年の第1フェーズが、養蚕場と隣接する養蚕局の事務所の再建。2005年春からの第2フェーズは、完成した養蚕場での蚕の再生産。最終フェーズでは、再生産された蚕卵を使った女性対象の養蚕トレーニングと、首都カブールでのシルク製品の展示会を行う計画です。

2005年1月には、整備された養蚕場と、新しい事務所が完成。2月には、パキスタンの業者から中国産の蚕卵1700グラム(1グラムは約2000粒の蚕卵が含まれています)を購入しました。3月ごろに卵からからかえった幼虫は桑の葉を食べて成長。4月中にも繭になりそうです。来年には、アフガニスタン北部に行き渡るだけの蚕卵を再生産できる見込みで、そうなれば、外国から蚕卵を輸入する必要もなくなります。
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