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アフガニスタン これまでの最新情報 2006

村人たちに事業開始を告げるPWJスタッフ (C)PeaceWindsJapan


石材提供などに同意しサインをする村の代表 (C)PWJ/ReikoHIRAI


石材集めが始まったハジダバラ村
(C)PWJ/MamoruKAWAMURA


多くの数の石材が集まっているチャーグンバッド村
(C)PWJ/MamoruKAWAMURA
ガンダ地域で貯水槽建設開始
2007.01.24

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)は2006 年12月26日、乾燥域に位置するサリプル州サヤド郡のガンダ地域で、村人が共有する貯水槽5基の建設を開始しました。ガンダ地域の村落は、飲料水を確保できる河川や泉、井戸などから離れているため、慢性的な水不足に悩んでいます。昨年も干ばつによる水不足は深刻で、10月にPWJが行った緊急給水事業の対象地でもありました。完成後は計150万リットルの飲料水を貯蔵できることになります。

ガンダ地域でも村によっては村内に井戸がありますが、その水は塩水・苦水であり、飲用には適しません。その他の貯蔵施設は個人が所有するカンダ(伝統的な土や岩盤に彫った貯水槽)や泥壁の貯水池だけで、村人たちは雨期の間にカンダなどに貯めたわずかな水でかろうじて生活を送っています。貯めていた水が乾期の間に枯れてしまうと、村人たちは片道3〜5時間かけて、最寄りの河川や泉、井戸まで、飲料水や生活用水をくみに行く生活を強いられます。

ガンダ地域はケシ栽培を行っていた地域でもありました。ケシによる収入で、水を購入し、深刻な水不足に対処していた世帯も少なくありません。しかし、昨年度、アフガニスタン政府によって行われたケシ撲滅政策により、ケシによる収入が断たれたため村人たちにとって水不足の解決は以前に増して緊急で深刻なの課題となっていました。

今回の貯水槽建設事業は、住民たちと話し合い建設予定地を決定することから始まりました。今後、各村ごとに、建設用石材を村人たちに用意してもらいます。貯水槽には砂利・砂・木炭を用いたフィルターも設置するため、完成後には、そのフィルターの清掃の仕方や、水の塩素消毒・煮沸の必要性を村人たちに理解してもらうための衛生ワークショップ(研修会)も行う予定です。すべての貯水槽が完成すると、合計で150万リットルの水を村人たちに提供することができます。これは、世界保健機関(WHO)の基準で計算すると4.3カ月分の飲料水の必要量に相当します。

関連レポート
2006.10.03 干ばつ被害地域で緊急給水事業をスタート

@WOMAN「平井礼子のアフガニスタン便り」関連レポート


PWJへの感謝と期待を述べるサリプル州知事 (C)PeaceWindsJapan

整備が進む種苗圃場
(C)PeaceWindsJapan


地元メディアの取材を受けるPWJ平井 (C)PeaceWindsJapan


要人や有力者も参列したため警護も厳重 (C)PeaceWindsJapan
種苗農場の再建事業がスタート!
2007.01.16

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)は2006年11月末から、さまざま種類の植物の苗木や種子を栽培・生産するサリプル農業局の種苗圃場(ほじょう=農場)の再建に取り組んでいます。この事業の起工式が2007年1月8日に行なわれました。これまでイスラム教の休暇であるイードなどと重なっていたため、事業が始まってもなかなか式を行えませんでしたが、ようやく開催された起工式にはサリプル州知事、州農業局長、州議会議員など多数の人が参列、大きなイベントとなりました。

内戦前の種苗圃場は47ヘクタールもの広大な施設でした。さまざまな植物を栽培・展示する役割を果たしていただけではなく、住民たちがピクニックに訪れる憩いの場にもなっていました。しかし、樹木は内戦中に切り倒され、軍閥の駐屯基地となり、かつての面影も残されぬまま、現在に至っていました。

事業は、サリプル農業局が小麦種子の生産と改良品種の展示を行うための機能を確立することを目的として始めました。敷地内の道路や用水路なども合わせて整備し、圃場内で種子の生産を行い、改良種子の展示圃を設けます。種苗圃場の再建により、サリプル州の農業復興につなげられることを期待しています。

アフガニスタンでは建物や橋の建設を始めるときの式典で、羊を生贄(いけにえ)としてささげることが習慣です。今回の起工式でも、式の最後には生贄となった羊の血が、建設中の橋の基礎にささげられました。サリプル州知事は「サリプル州での農業支援に長くかかわってきたピース ウィンズ・ジャパンの支援に感謝するとともに、さらに支援を継続してくれるよう期待する」とあいさつを述べ、サリプル州の人びとのこの事業への期待の高さをあらためて感じさせました。

@WOMAN「平井礼子のアフガニスタン便り」にも関連レポートを掲載しています。


配布食糧を受け取る干ばつ地域の人びと


住民たちによって修復された道路


すっかりきれいになった井戸
干ばつ被害の3000世帯に小麦などを支援
2006.11.30

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)が干ばつ被害を受けた地域の住民を支えるために実施してきた食糧支援事業が終了しました。住民たちが自分たちの村の道路や井戸、貯水槽などの修復や清掃を行い、その対価としてPWJは住民たちに食糧の配布を行いました。作業に参加した住民は3159世帯、配布した小麦などの量は300トン以上です。

物資を単に配るだけではなく、住民の持っている力を引き出し、労働の対価として必要な食糧を配布する形の支援は、「フード・フォー・ワーク(労働の対価としての食糧配布)」と呼ばれています。今回、PWJは、サリプル州の地方復興開発省(MRRD)と連携して事業を進め、同省との協議で事業地域を決定しました。しかし、同省が持っていた各村の人口に関する情報は正確な人口調査などを元にしていた訳ではなく、最近村へ帰還した人びとの数が含まれていないため、作業・食糧配布のための登録者数が当初の見込みを大きく上回る村が出る一方で、住民たちが初めに約束したようには事業を実施しない村も発生しました。そのたびPWJは、臨機応変の対応を迫られました。

しかし、最終的には住民たちは、村々でのコミュニティ事業を完了。干ばつの被害を受けた21の村で、井戸計82本、貯水設備(カンダ)計124カ所、貯水槽計4カ所の清掃と、16区間の道路の簡易修復などが行われました。その結果、3159世帯に、316トンの小麦と16トンの豆の配布され、生活の大きな支えとなりました。

深刻な被害を受けた干ばつ地域での支援対策としてPWJは、食糧支援事業と並行して緊急給水事業を実施してきましたが、雪の時期(雨期)を前に、緊急給水事業も近く完了する予定です。

関連レポート

2006.09.16 干ばつ被災地を対象に食糧支援事業を開始
2006.09.21 緊急給水事業
アメーバブログ「平井礼子のアフガニスタン便り」)
写真も大きく載せています。ぜひご覧ください。

持参した缶に水を入れる


村を回る給水車


給水車のまわりに集まる住民


水を持って岐路に着く
干ばつ被害地域で緊急給水事業をスタート
2006.10.13

アフガニスタンは今年深刻な干ばつに見舞われています。河川や井戸を持たず、天水(雨水)の貯水のみに頼る乾燥域(天水域)での影響はとくに深刻です。ピース ウィンズ・ジャパン(PWJ)は、天水域の住民の困難を少しでも軽減し、住民が国内避難民となる事態を防ぐため、緊急給水事業をスタートしました。15台〜20台の給水車が連日、他地域の河川や井戸の水を天水域の村落に届けています。

天水域では村内の貯水施設の水が枯れた6月ごろから、毎日、片道3時間〜5時間かけて飲み水をくみに行く生活を強いられてきました。この水くみの作業は主に子どもたちが行っており、炎天下での水くみの負担は大きなものです。また、水不足が長期化すると、水を求めて再度住民が国内避難民化する懸念がありました。

降水量の観測・調査を続けているPWJは、今年春ごろから、夏以降に水不足が現実となる危険を察知し、緊急給水事業を計画していました。事業資金の確保に時間がかかりましたが、それも見通しがつき、9月25日に緊急給水事業をスタートしました。

現地は今、イスラム教のラマダーン(断食月)のため、日中は飲食ができません。給水車が村に到着すると村人がバケツやポリタンクを持ち寄って集まってきて、「ラマダーンに入って水くみがさらに辛くなっていたので、大変助かります」などと、多くの歓迎の言葉を聞かせてくれます。

今回の緊急給水事業では、サリプル州のサリプル地区とサヤド地区の45カ村、約6200世帯を対象に、計約670万リットルを届ける計画です。雨季が始まる11月末ごろまでに、約45日間分の飲料水を提供することとなります。

※関連レポートを、「平井礼子のアフガニスタン便り」にもアップしています。写真も大きく載せています。ぜひご覧ください。

「平井礼子のアフガニスタン便り」緊急給水事業のレポートはこちら


インフラの簡易修復作業


ツルハシを振るう住民


村落との協議

干ばつ被災地を対象に食糧支援事業を開始
2006.09.16

すでにお伝えしているように、アフガニスタンが深刻な干ばつに見舞われています。その影響は、生活を天水(雨水)に頼る天水域で大きく、農作物の収穫不足による食糧難の懸念も広がっています。ピース ウィンズ・ジャパン(PWJ)では、干ばつの深刻な北部サリプル州サヤド地区の天水域の住民を対象として、8月31日から緊急の食糧支援事業を実施しています。

「深刻な干ばつ、そして食糧不足の危機」のレポート(2006.08.04)でもお伝えした通り、今回の干ばつは、今年の冬と春の降雪・降雨量不足が原因です。その被害は天水域に集中しており、深刻な飲料水不足をはじめ、収穫量の不足による食糧難、来年の農期に向けて種もみが確保できるかなどが懸念されています。

今回の食糧支援事業は、サリプル州サヤド地区の21村落、3159世帯に、計約330トンの小麦と豆を配布するものです。本事業はフード・フォー・ワーク(労働の対価としての食糧配布)という形で実施し、村落は道路・井戸・貯水槽などのインフラの簡易修復や清掃を行い、その対価として食糧の配布を受けます。

村落によるコミュニティ事業は、住民たちが参加してすでに始まっており、9月下旬までには第1回の食糧配布を行う予定です。計画では、コミュニティ事業の完了が確認された後、10月下旬に第2回の食糧配布を行います。

PWJではまた、引き続き支援の呼びかけを強める一方、アフガニスタン政府や国連機関などとの調整も行って、干ばつ支援策としての緊急飲料水支援や種もみ支援などの緊急支援策を行うことを検討しています。

※関連レポートを、「平井礼子のアフガニスタン便り」にもアップしています。写真も大きく載せています。ぜひご覧ください。

「平井礼子のアフガニスタン便り」緊急給水事業のレポートはこちら


干ばつの被害にあった豆を手に取る農民


出穂期・成熟期の雨量が少なかったため、小麦は例年よりも小さく貧弱


小麦の草丈も例年より低く、面積あたりの茎数もまばら


長い距離を時間をかけて水くみに行く子どもたち
深刻な干ばつ、そして食糧不足の危機
2006.08.04

今年の冬と春の降雪・降雨不足により、アフガニスタンが深刻な干ばつに見舞われています。7月25日には、干ばつ被害への支援を募るため、アフガニスタン政府と国連機関による緊急アピールが出されています。生活を天水(雨水)に依存する北部地域一帯の被害は甚大です。PWJ(ピース ウィンズ・ジャパン)が活動するサリプル州もその例外ではありません。PWJはアフガニスタン支援事業をサリプルの干ばつ避難民キャンプ支援で開始したこともあり、事態を深刻に受けて止め、被害軽減と対策実施のため支援の呼び掛けや関係機関との協議を強めています。

天水域の村落は、飲料水を雨期(アフガニスタンでは冬と春)の間の雪・雨を貯めた水に頼っていますが、雨期の降水量が少なかったために、6月時点ですでに大半の村落で飲料水が枯渇しています。そのため、飲料水や生活用水を確保するために、毎日片道3〜5時間をかけて水くみを行う生活を強いられています。水くみは主に子どもや女性の仕事とされ、負担が彼らに重くのしかかっています。また、農作物の被害も甚大で、小麦などの主要作物の収穫はほとんどなく、食糧難が予測されています。さらに、来期の作付けのための種子モミの確保も難しくなっていて、支援が行われなければ、来年の収穫期以降まで干ばつの影響が続いてしまうことが懸念されます。

2001年秋以降、干ばつや紛争のために国内避難民・難民となっていた人たちが、国際社会やNGOなど援助団体の支援を受けて村に戻り、生活基盤の再建に取り組んできましたが、その生活基盤が今年の干ばつによって、崩れてしまう危機に直面しています。この厳しい状況が続くすると、飲料水や支援を求めて村落部の人びとは村を離れ、再び国内避難民化することが懸念されています。人びとが一度、村を離れてしまえば、今まで住民やアフガニスタン政府、国際社会が行ってきた復興努力が中断することを意味します。

PWJは、支援の呼び掛けを強める一方、アフガニスタン政府や国連機関などとの調整を行い、干ばつの影響が最も深刻な地域で、給水支援や、食糧・種子の配布などの緊急支援活動を実施することを検討しています。みなさんの協力をよろしくお願いします。

熱心に講義を聴く子どもたち


現地での生活を話す柴田


アフガニスタンからの平井の映像をみつめる


現地と交流する子どもたち


子どもたちがアフガニスタン駐在スタッフと
IPテレビ電話で交流
2006.06.30

NTTコミュニケーションズ株式会社(NTT Com)の社会貢献イベントにピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)が協力し、6月24日、日本の子どもたちがアフガニスタンとの対話を体験しました。NTT ComのIPテレビ電話サービスを使って、参加した小中学生たちがアフガニスタンに駐在して活動するPWJスタッフと対話。遠い国と思っていたアフガニスタンとの交流に、子どもたちは大喜びでした。

PWJはこれまでも、日本の子どもたちが、紛争や貧困、自然災害などに苦しむ人の存在を知り、「恵まれた国に生まれた自分には何ができるだろう」と考えてもらいたいとの思いから、学校と連携して国際理解教育に携わってきました。

この企画は、約2カ月前からNTTcomの社員の皆さまが中心となって準備が進められてきました。日本の子どもたちに、世界で起こっていることに関心を持ってもらうためにも、PWJの支援地と交流する機会をつくるイベントに、との思いはすぐに共有できましたが、課題となったのは、アフガニスタンの通信状況でした。さらに開催直前になってアフガニスタンの情勢が悪化してしまうという困難も加わりましたが、NTTcomが持つ技術的な専門性と、社員の皆さまの積極的な取り組みによって、念願のイベントの実現にこぎつけました。

当日は小中学生やその保護者など約20人が参加。子どもたちは、検索エンジンを使ったクイズや、PWJ元アフガニスタン駐在スタッフの柴田裕子からの説明でアフガニスタンについて簡単に学んだあと、いよいよIPテレビ電話中継で、アフガニスタンに駐在する平井礼子に質問を投げかけました。子どもたちからの一番初めに出た質問、「日本がアフガニスタンから学ぶことは何だと思いますか?」に対して、「日本は平和慣れしていると感じる」と平井。このやりとりには、参加した大人も胸を打たれたようです。

最後に行われたブログ作成教室では、子どもたちが、本日の感想をブログにつづりました。ブログには「アフガニスタンについて関心を持ちました」、「平井さん、がんばって」といった子どもたちの素直で優しいコメントが書き込まれました。


スイカの種をもらった子ども


種の入った袋を大事そうに


配布に集まる村の人たち

成長した苗(ハナハイマリキ村)


サリプルの子どもたちにスイカの種!
2006.06.16

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)が支援を続けるアフガニスタン北部サリプル州はメロンやスイカの産地です。日本の皆さまのご支援をいただき、このほど16の村の1100世帯に、スイカの種2750キロを配布しました。順調に生育すれば、スイカは8月ごろ、食べごろを迎えます。

スイカなど果実の種子の配布は、「アフガニスタンの子どもたちにおいしいものを食べてもらえれば」との思いを持った支援者の協力を得て、進めています。今回は2006年4月に、スイカを生産する地域の調査を行って、16の村を支援先に決定し、支援対象となる1100の世帯を選定しました。その後、PWJの農業担当者が質の良い種子をさがし、2750 kg の種子を購入。5月、各世帯に2.5キロの種子を配布しました。

今年は、小麦や大麦など他の主要作物の生育状況が悪いこともあり、種子の配布は村人たちに大変喜ばれました。畑にまかれたスイカは、8月ごろ、収穫期になります。

PWJはまた、アーモンドとアプリコット(杏)の苗木を2006年3月に配布したハナハイマリキ村で、成長状況の確認調査を行いました。配布された苗木は、受け取った子どもたちの家の家庭菜園で大事に育てられ、生育を続けていました。


スピーチをする女性


PWJスタッフの平井礼子と


修了書を大切そうに手に

卒業した女性たち


女性センターから卒業生40人が旅立ち
2006.05.31

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)が2005年9月に設立したサリプル市の女性センターから初めての卒業生が巣立ちました。5月24日に行われた卒業式では、4〜8カ月間、刺繍や洋裁の研修を受けた生徒40人が修了書を受け取ることができました。このなかには、刺繍や洋裁に加え、識字授業にも参加していた16人が含まれています。

卒業式には、地元政府関係者、他のNGO、親族、現在研修を受けている生徒たちなど、100人以上が参加しました。学校の卒業式に参加したことがない女性もおり、そうした女性たちにとっては初めての卒業式となりました。修了書を手にした女性たちは、うれしそうな表情を浮かべながらも、数カ月をともにした同期生やトレーナーとの別れを惜しんでいました。

刺繍コースの卒業生で、パキスタンで1年間難民として生活し、2001年に帰還したナギーナさん(18歳)は「コースはとても勉強になりました。当初はこんなに充実したプログラムだと思っていなかったのです。卒業の際にミシンをもらうことができて、本当に助かります。これで、家ですぐに仕事を始めることができます。既に注文を受けているので、今後は仕事の注文を増やしていくように努力をします」と、今後への期待を込めて話しました。卒業式についても「卒業式は本当に楽しかったです。外部の人が来て、私たちがどのようなことを女性センターで学んでいるのかを知ってもらうのに、良い機会でした」と好評でした。

また内戦中は4年間マザリシャリフに移り住み、2003年にサリプルに帰還したマジャビーンさん(18歳、刺繍コース)は、識字授業にも参加。「研修では、ショールやスカーフ、バックなどの刺繍を学びました。私は学校に通ったことがないので、全く読み書きができませんでした。女性センターの識字授業ではアルファベットを基礎から学び、今では簡単な文章の読み書きができるようになりました。研修が終わったので、これからは家で仕事を取って、注文を増やし、収入を得たいです」と話しています。

卒業後のサポートのために、PWJは、各生徒に1台ずつ、ミシンを提供。彼女たちは今後、研修で習得した洋裁と刺繍の技術を活用し、自分たちの手で仕事を得て、収入を得ていくことになります。アフガニスタンのように女性の行動が制限される社会の中では、女性たちが自分たちの手で収入を得ることは簡単なことではありませんが、女性センターで得た技術が、少しでも彼女たちの今後の生活の向上につながる手立てになってくれることを願わずにいられません。

40人は卒業しましたが、女性センターでは現在も、第2期(2006年1月〜)から研修を継続している生徒と、第3期(2006年5月〜)から研修を開始した生徒、合計80人が刺繍や洋裁に取り組んでいます。


PWJがCoARとともに活動を開始したころのアフガニスタン


サリプルに開設した国内避難民キャンプ
アフガニスタンのNGOがPWJ東京事務局を訪問
2006.05.03

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)が2001年、アフガニスタンで緊急支援を展開した当時の現地のパートナーNGOの代表2人がこのほど、PWJ東京事務局を訪問。PWJのアフガニスタン事業担当スタッフらと懇談し、「今後とも互いの立場で人びとの支援を続けていくことが大切」との考えで一致しました。

来訪されたのは、Coordination of Afghan Relief (CoAR)の代表(Director-General)であるサリミ氏と、Skills Training And Rehabilitation Society (STARS)事業部長( Managing Director)のザリフィ女史です。

CoARは、PWJがアフガニスタン北部のサリプル州で、干ばつによる国内避難民キャンプを設営し、緊急支援を展開した当時、現地で協働したパートナー。サリミ氏は、2001年に東京で開催された「アフガニスタン復興NGO東京会議」に続き、今回が2度目の来日となります。また、サリミ氏は、CoARの代表に加えて、80を超えるアフガニスタンのローカルNGOの調整・協力母体であるAgency Coordinating Body For Afghan Relief (ACBAR)の運営委員会の委員長を務めています。

今回の来日は、アフガニスタン支援に携わる日本のNGOの招へいによるもので、今も支援を続けているPWJのアフガニスタン事業の現状や、他の活動国を含めたPWJの活動を知りたいと、4月19日の午後、オフィスを訪ねて来られました。PWJスタッフとの意見交換では、「アフガニスタンが復興に向かいつつあるものの、今後とも互いの立場から、人びとの支援を続けていくことが大切」との考えで一致しました。

サリミ氏は、前回の来日時に会って面識のあるPWJスタッフの澄湖との再会を喜んでいました。また、お2人は、4月23日にPWJ事務局のある桜新町周辺で行なわれたさくらまつりの折にも、フリーマーケットが開かれていたPWJオフィスを再訪し、帰国のお土産に、日本情緒のある絵皿などを購入。24日に日本を離れました。

PWJはアフガニスタン支援開始以来、「アフガニスタン復興にアフガニスタンの住民の声を」を基本方針とする一方、各種の報告会などで、支援関係者らにその必要性を強くアピールしています。これからも現地のNGOや住民、アフガニスタン支援にたずさわる日本の他の団体とも意見交換を重ねながら、支援の充実を図っていきます。

農作物を持った農民グループ


大きなカボチャを頭に
載せている農民


トラクターに乗ったパレード


感謝状を持った農業局長とPWJの平井(右)、山本
アフガニスタン 支援の現場から

農民たちがユニークに行進!

2006.04.14

報告:平井礼子
    (PWJアフガニスタン駐在スタッフ)


アフガニスタンでは、3月21日のナウローズ(春分の日と新年のお祭り)後に各地で「農民の日」が祝われます。春は1年の農作業の始まりとなる季節であり、1年の豊作を祈ることが背景にあるといわれています。サリプルでは3月30日にサリプル州農業局主催で農民の日の集会が行われました。

サリプル市の中心にある大きなグラウンドに、周辺の農村で組織された農民組合のメンバーが集まりました。セレモニーが始まると、太鼓と縦笛の音楽のビートに乗って、小麦や米の束、大きな瓜やスイカなどの農産物、鍬やシャベルなどの農機具を持った各組合のメンバーがグラウンドを行進し始めました。公の場に出る機会が少ないせいか、緊張気味の面持ちで、マーチのステップを合わせるのに苦労しながらも、晴れやかな表情でメンバーたちがマーチしていきます。

一通り組合の行進が終わると、なぜか次から次へと、「農民の日」とは一見無関係なパレードが始まりました。縄跳びをする女子小学生グループ、3mほどある竹馬に乗った青年たち、バイクに乗った青年たち、サッカーチームなどがマーチしていきます。そして、ハイライトとして登場したのが、PWJの水文調査チームのスタッフであるアミヌラとシェラザッドが率いるテコンドー・チーム。タイル割りやハイキックなど、テレビでしか見たことのない格闘技のデモンストレーションに観衆は見入っていました。

フィナーレでは、各村から持ち寄られたトラクターに乗って組合のメンバーが登場。3年前の農民の日では、登場するトラクターは2〜3台しかありませんでした。対して、今年は10数台。少しずつながらも、アフガニスタンの農業の復興が進んでいるように、感じました。

最後に、サリプル農業局の推奨で、PWJの農業分野の活動に対して、感謝状がサリプル州知事から贈られました。事業を実施するごとに、サリプル農業局との良い協力関係を築き上げてきたことが評価されたようです。

アフガニスタンの農業就労人口は人口の8割以上を占めており、経済や社会において大きな役割を担っているのは農家の人びとです。「農民の日」の式典は、関係者がマーチするというシンプルな催しでしたが、農村から参加していた人々にとっては大きな晴れ舞台となったようです。



完成間近の橋


できあがった橋を駆ける子ども


馬に荷車をひかせて橋を渡る



PWJの橋ができて雪どけ期も安心通行
2006.03.30

アフガニスタン北部のサリプル州サヤド地区から、サリプル市街に通じる道路(通称サヤド道路)は、サヤド地区とサリプル中心地区を結ぶ唯一の道路です。食糧や生活用品はサリプルの中心部の市場で販売されており、サヤドの村人たちは、サヤド道路を通って買い物に出かけます。しかし、毎年、雪どけの時期には、道路を横切る川や水路が増水して、通行が危険になるため、ピース ウィンズ・ジャパン(PWJ)はサヤド道路を横切る川をまたぐ橋1基と、水路用の橋8基を建設。今年の春は、安心して道路を通行できるようになった住民たちから喜びの声があがっています。

毎年春の雪どけのころ、道路を横切る川や水路を流れる水が一気に増えて水かさを増すため、買い物や水くみのために道路を通る村人たちは、流れる水の中を横切らなければなりませんでした。とくに流れが激しいときには、子どもが急流にのまれて亡くなるような悲しい事故も起きていました。また、増水によって堤が損壊してしまうと、周囲に水があふれ、その度に道路の修繕が必要となって、住民たちの大きな負担となっていました。

こうした状況を解消するため、PWJは2005年春、橋の建設に着手。10月にすべての工事が終了しました。建設にあたっては、地域の住民も作業員として雇用し、日当を支払いました。現金収入の少ないこの地域では、作業の日当は、貴重な収入の機会となりました。

長かった冬も終わりを告げ、サリプル州にもようやく春が訪れました。昨冬はここ数年と比べて降雪量も多かったために、山から流れてくる雪どけ水の量も非常に多くなっていますが、完成した橋のおかげで、今春のサヤド道路の状況は様変わりしています。例年であれば、冷たい水に体を濡らして川や水路を渡らなければならなかった放牧の牧童たちは「水に入ることなく、安全に道路を通れるようになった」と喜んでいます。

※ PWJでは、アフガニスタン支援キャンペーンを実施しています。みなさまのご理解とご協力をいま一度、どうぞよろしくお願いいたします。

イラストを多用したトレーニング


女性も前に出て説明



熱心に説明を聞く女性たち
シルク復興へ女性たちがトレーニング参加
2006.03.23

アフガニスタンはシルクロードの要衝に位置し、北部のサリプル州はかつて絹製品の生産地として知られた地域でした。産業復興と住民の自立をめざして、PWJでは2004年度から3年計画で、「蚕生産と女性支援のための養蚕研修事業」を進めています。最終年度となる2006年度は、再生産された蚕卵を使った女性対象の養蚕トレーニングと、シルク製品の展示会を計画。その第一歩として、PWJサリプル事務所で3月15日、各村から選ばれた女性たちを対象にしたトレーニングを実施しました。

「蚕生産と女性支援のための養蚕研修事業」では、第1フェーズ(段階)の2004年度に、隣の州のマザリシャリフにある養蚕場と養蚕局事務所の再建を行い、第2フェーズの2005年度には、完成した養蚕場で蚕の卵の生産を行いました。今回のトレーニングは、第3フェーズとなる2006年度の最初の取り組みの一つで、PWJが再建した養蚕局の局長アブドゥル・ハナン氏を講師に迎え、サリプル州内の6カ村から選出された女性8人と、事業のモニタリング(指導・監督)を行うPWJの女性スタッフ2人が参加して行いました。

村から参加している女性は文字の読み書きができないため、蚕の生態や育てる上での注意などを説明する資料は、絵や図で分かりやすく説明できるよう工夫して制作しました。参加した女性たちは手元の資料の絵や図を指差しながら大きくうなずいたり、隣の女性と話の内容を確認したりしながら、熱心に講師の話に耳を傾けていました。また、養蚕研修後に予定している絹製品の展示会に向けて、どのようなデザインや製品がいいのか、参加者の間で活発な議論になる場面もありました。

参加者は全員、かつてサリプルで養蚕業がさかんだった時期に蚕を育てた経験を持っていました。しかし、「適切な温度管理や小まめな清掃、繭の収穫の時期など、今まで知らなかったことを多く学んだ」との感想が聞かれました。セルボーコチャ村から参加したサイフラは、「養蚕を行うことによって絹糸や絹製品を作り、それを売ることができたら、多くの女性が興味を持つと思います。アフガニスタンの女性は、収入を得るためにできることが限られているので、このような機会はありがたいです」と話しました。

女性の外出、とくに村外への外出が慣習により困難ななか、参加を予定していた女性全員がトレーニングに出席したことからも、この事業に対する女性たちの大きな期待が感じられました。この日のトレーニングを受けたスタッフと女性たちが指導にあたり、3月末から5月末にかけて、計265人の女性が養蚕に取り組む予定です。

※ PWJでは、アフガニスタン支援キャンペーンを実施しています。みなさまのご理解とご協力をいま一度、どうぞよろしくお願いいたします。


女性の日のセレモニーに合わせて着飾った女の子たち(2枚とも)


多くの女性たちが詰め掛けたセレモニー会場

女性の日イベントに刺繍や伝統衣装
2006.03.17

3月8日は国際女性の日です。その日、アフガニスタンでは、各地でさまざまなイベントや集会が開かれ、女性たちの権利やエンパワーメント(能力を向上させること)を訴える日として祝われます。ピース ウィンズ・ジャパン(PWJ)のスタッフや受益者たちも、女性の日のお祝いに参加したほか、PWJがサリプル市内に開設した女性センターで研修を受けている女性たちは、この日のイベントのために、ビーズ刺繍や伝統的な衣装を作成しました。

国際女性の日は、国際女性デー、国際婦人デーなどともいわれ、1908年3月8日、アメリカのニューヨークで女性たちがパンと参政権を要求してデモ行進を行った日にちなんでいます。1975年の国際婦人年には、国連がこの日を、記念の日として定めました。

3月9日に、女性の日に合わせた大きなセレモニーを実施するサリプル女性局は、PWJを通して、裁縫や刺繍のトレーニングを続けている女性センターの生徒たちに、ビーズ刺繍を施したクッションや伝統的な衣装の製作を依頼。途中で、依頼数が追加され、女性たちは積極的に作業に取り組みました。

女性の日当日の8日、現地では「女性の日おめでとう」と女性に対するお祝いの言葉が交わされました。PWJスタッフの平井礼子もスタッフからお祝いのメールをもらい、PWJのアフガニスタン人スタッフが奥さんに電話をして、お祝いの言葉を伝えているのも見られました。

翌日は、女性局のセレモニー。女性の外出が制約されるなか、たくさんの女性が公共の場に集まることは、現地では珍しいことです。サリプル市にあるセレモニー会場の集会所には、この日のために新しい洋服を着て、お化粧や髪型もバッチリと決めた女性が多く集まりました。サリプル女性局やサリプル知事事務所、地域の女性たちなど、300人以上が出席し、女性の社会的役割の重要性や人権・男女平等に関するセミナーが行われました。女性センターの生徒たちがつくった刺繍や服が展示され、サリプルの幼稚園や小中学校に通う女子児童たちが、歌や踊りを披露するプログラムも行われました。

あまりの盛況に、女性センターのトレーナーや生徒たちは、会場まで行ったものの、会場が一杯で入れず、センターに戻ってお祝いしました。出展していた伝統衣装を目にした隣の州の女性局のスタッフからは、後日、衣装15着の注文が届きました。初めての本格的な注文に、生徒たちも喜んでいます。

PWJは今後も、現地の女性たちのエンパワーメントにつながる取り組みを続けていきます。

※ PWJでは、アフガニスタン支援キャンペーンを実施しています。みなさまのご理解とご協力をいま一度、どうぞよろしくお願いいたします。


ていねいに育てたアプリコットとラフマン氏


セレモニーに集まった農民たち

配布された苗木を受けとる
桃やアーモンドの苗木 24000本を配布
2006.03.09

アフガニスタン北部サリプル州はかつて、果樹栽培で知られた地域でした。特産だった果樹栽培を再興させ、農業の復興につなげるため、ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)は2003年11月から果樹園のプロジェクトを進めています。PWJが開設した果樹園で育ててきた桃やアーモンドの苗が順調に成長したため、約24000本の苗木を2月、28の村の約4000世帯に配布しました。早いものは来年から収穫を始めることができます。

PWJが今回配布した苗木は、アーモンド約15300本、アプリコット(杏)約5400本、桃約1400本、くるみ約1400本、常緑樹約250本。3カ所に開設した果樹園で、PWJの農業スタッフが土地所有者を指導しながら、2年間にわたって、苗木を育ててきました。

ラハマタバード村にある果樹園の手入れを行っていたアブドゥル・ラフマンさんは「2年間、私とピースウィンズがていねいに育ててきた苗木だから、きっと立派な実をつける木になってくれるでしょう」と自信を持って語っています。

苗木の配布を開始した2月15日には、サリプル州政府や農業局関係者も参加して、セレモニーが開かれました。サリプル州農業局長は「サリプル州は以前、果実の生産地として知られていました。農業の復興のために育てられたこの苗木が村でさらに成長し、かつてのような果物が実ることを願っています」と、集まった農民たちに期待を伝えました。

配った苗木のうち、アーモンドやアプリコットは、早ければ1年後にも実をつけ始めます。PWJでは、この実が住民たちの収入につながり、復興のシンボルにもなることを期待しています。

※ PWJでは、アフガニスタン支援キャンペーンを実施しています。みなさまのご理解とご協力をいま一度、どうぞよろしくお願いいたします。

裁縫のトレーニングを受ける女性たち


受講する女性と講師たち


ラグの製作を学ぶ

真剣な表情を見せる識字授業の参加者
女性センターでの刺繍・裁縫研修が終了
2006.02.22

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)が、困難な生活を続けるアフガニスタンの女性たちを対象に実施してきたカーペットの製作や、裁縫、刺繍などの研修の第1期が終了しました。研修では希望者向けに識字授業も開講。研修を終えた女性たちからは「近所の人たちから注文をとって、裁縫で収入を得たい」などの声があがっています。

アフガニスタンでは女性の地位は低く、生活の困難は女性により重くのしかかっています。識字率は非常に低い水準で、女性の外出や就労は容易ではありません。PWJが2001年以来支援を続ける北部サリプル州は、アフガニスタンのなかでも保守的な地域で、このような傾向はとくに目立ちます。

こうした状況を改善していくため、PWJは2005年9月、サリプル市内に女性センターを設立し、市内の女性たちを対象に、収入を得るのに必要な技術習得のための研修を開始しました。研修内容はカーペット・ラグの製作、裁縫、刺繍の技術指導。同時に識字授業も実施しました。これらの分野で講師を雇用し、ミシンなど必要機材を購入して、4カ月間にわたって週に3回の指導を行い、女性たちが収入を得られる道を拓くことを目指しました。また、習得した技術を用いて、製品を製作できるように材料を提供しました。

2006年1月に終了した第1期では41人が研修に参加し、このうち34人が研修を修了できました。かつて5年間、難民として隣国パキスタンで生活し、2002年に帰国したノリア(25歳)は「女性は収入を得ることによって、家計を助けることができ、家族からの尊敬も受けられます。近所の人から注文をとって、裁縫で収入を得たいと思っています」と話しました。

また、識字授業にも参加したナヒダー(18歳)は「タリバン時代は女の子が学校に行くことが禁止され、家族も学校に通うことを認めてくれなかったので、学校に行ったことがありません。読み書きができることは成長するためにも大事だし、収入を得るためにも必要です」と話しました。

第1期に続いて第2期も開講。第2期では、第1期から継続して研修を受ける34人に新規生徒46人を迎え、合計80人が研修を受ける見込みです。

これまでの最新情報
2005年
2004年
2003年


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