現地活動ルポ:イラン2006

インドネシア2006

2006.03.24

アチェ3郡で種子・農機具など大規模に配布
〜インドネシアでの支援活動を終了〜

2004年12月のスマトラ島沖地震発生後、インドネシア・スマトラ島北部アチェ州で支援活動を続けてきたピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)は、2006年1月から2月、大規模な農業支援事業を実施しました。アチェ州内3郡の4000世帯を対象に、稲・豆・野菜などの種子、ヤシなどの苗木、肥料、それに各種の農業機械を提供しました。この事業の完了により、PWJが継続してきたインドネシア支援活動は終了しました。

村へと向かうPWJのトラック

村へと向かうPWJのトラック
(C)Peace Winds Japan

PWJが今回、配布したのは、稲・ピーナッツ・大豆・その他の野菜など種子計63トン、肥料350トン、ヤシ・カカオ・ランブータンの苗木が計63000本。農機具の配布はグループを対象にして行い、ハンドトラクター、脱穀機、揚水ポンプなど、計59台を提供しました。

支援対象とした地域は、ウォイラ郡、ウォイラ・バラト郡、ウォイラ・ティムール郡の3郡で、農業が生活の基盤となっています。直接津波の被害を受けてはいませんが、地震によるダメージを被っているうえ、多くの津波による国内避難民を受け入れています。もともと反政府武力闘争を続けてきた自由アチェ運動(GAM)の拠点となっていたコミュニティーも多く、そのために公的な社会資本整備が遅れ、農民たちは紛争当事者たちの攻撃や金銭の要求も恐れていました。

トラックから物資を下ろすグループに提供された農機具

写真左:トラックから物資を下ろす
写真右:グループに提供された農機具
(C)Peace Winds Japan

今回の事業は、国内避難民が、受け入れ先で、一定の生活基盤を手に入れることを助けるのが目的です。避難民と地域の人びとが、ともに汗を流し働くことと、耕作が行われていない地域で農作業を実施・再開してもらうことをめざしました。農民たちの意欲は高く、種子や苗の配布前から全員が、それぞれの畑を耕し、いつでも作物の栽培に取り掛かれる状態を整えていました。種子などを受け取った後は、さっそく農作業に打ち込む農民の姿があちこちで見受けられました。

津波の惨劇がアチェを襲ってから1年以上がたち、すでに、自分たちの村に戻った避難民たちもいますが、まだ帰る場がない人たちもいます。一方で、受け入れ先の地域が、新たな定住先となる人も出始めています。PWJでは、今回の事業などがきっかけとなり、地域の人びとが、地震と津波、そして紛争という大きな困難から立ち上がり、復興に向かって踏み出していくことを期待しています。

現地に駐在していたスタッフも2月28日までに離任し、同日をもって、1997年から継続してきたPWJのインドネシアでの活動は終了いたしました。支援開始以来、とくにスマトラ島沖地震発生後、多くのみなさまから、多大なご支援をいただき、住民のニーズに合った多岐にわたる活動を続けることができました。この場を借りまして、深く御礼申し上げます。

さっそく成長を始めた稲配布されたヤシの苗木

写真左:さっそく成長を始めた稲
写真右:配布されたヤシの苗木
(C)Peace Winds Japan

 

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