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スーダン最新情報 

あふれ出た水をくみに来た住民


井戸の完成を喜ぶ


井戸掘削の作業中


工事を監督するPWJ原田(左)
南スーダンに待望の井戸、続々
2006.12.27

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)は、スーダンの内戦のために故郷を追われた難民・国内避難民の帰還を支援するため、南部ジョングレイ州に日本人スタッフが駐在して、2006年8月から活動を続けています。不安定な治安や気候、困難な物資輸送や業者との交渉に悩まされましたが、活動の本格化によって12月、ついに待望の井戸が完成しました。PWJの井戸は連日、次々とできあがり、住民たちを喜ばせています。

PWJが活動しているのは、州都ジュバから車で4時間あまりかかる町ボーを中心とする地域。PWJは、州や地元の行政機関と話し合いを行い、学校の敷地やコミュニティに18基の井戸を設置する計画を立てました。計画した井戸ごとに、女性を含む地域の住民たちが参加する「水道委員会」を設置し、実際にどの場所に井戸をつくるか、細かく決めていきました。設置場所が決まっても、戦乱で荒廃した南スーダンには、井戸を掘るための機械も技術も業者もほとんどありません。そこで、PWJは隣国ウガンダの業者と交渉し、ウガンダなどから機材を運び入れ、その業者と契約を結んで、工事を行うことにしました。

予定よりは遅れたものの、12月2日、ボーの中央市場に最初の井戸を掘ることができました。地中約60メートルからパイプを通って水があふれ出すと、たちまち住民たちが水をくみに集まり、歓声をあげました。連日、掘削機がうなりを上げ、ボー最大の学校の敷地内やボー近郊に、続々と井戸を掘削。掘削が完了した井戸には順次、上部を固めるコンクリートと手押しポンプを設置する工事を行い、地元の水道委員会に引き渡しています。今後は、井戸をどのように管理していくかの研修を行い、住民たち自身で長く井戸を使っていけるよう指導を行います。また、衛生環境を改善するため、トイレの建設も進めていきます。

PWJスーダン事業現地責任者の明城徹也は「現地ではコレラも流行し始め、きれいな水の確保は緊急の課題です。いくつかの団体が井戸の建設を計画していますが、どこも遅れがちなだけに、PWJのハイペースな井戸建設は大きな期待を集めています」と話しています。


倒壊したトイレ
(C)PeaceWindsJapan


ワニの生息するナイル川
(C)PeaceWindsJapan


子どもに囲まれる原田
(C)PeaceWindsJapan


市場で物資を調達する原田
(C)PeaceWindsJapan

スーダン支援の現場から

ワニよりも怖い!? ボーのトイレ

2006.11.14

報告:原田靖子
    (PWJスーダン駐在スタッフ)

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)はスーダン南部ジョングレイ州のボーで、井戸とトイレの建設事業の準備を進めていますが、一つの問題に直面しました。ボーの土壌は粘土質で、雨が降るとたちまちグニョグニョとやわらかくなり、滑りやすくなります。このことがトイレのデザインを決めることを困難にしているのです。

現在私たちが宿泊施設として利用しているテントホテルは、ボーの町で一番高級といわれているホテルなのですが、ここのトイレが、ある朝突然陥没倒壊してしまいました。原因は特定されていませんが、もともともろかった土壌に、補強をせず穴を掘っただけの構造だったので、土壌がトイレのコンクリート部分を支えきれずに崩れたようです。

倒壊したときには人が入っていなかったためけが人はいなかったものの、仮設のトイレができあがるまでの間、私たちはボー市内の他のNGOやレストランをまわってトイレ探しに奔走する羽目に。トイレを我慢するため暑いのに水を飲む量も控え、肉体的・精神的にもトイレが失われたショックは大きいものでした。そのうえ、急遽つくられた仮設トイレ用の穴も完成から数日後の暴風雨で土砂が流れ込んでしまい、ほぼ満杯に。人海戦術でくみ取りを行いつつ、その後、ドラム缶を使った改良型がつくられました。

トイレ事件は、私たちが進めるトイレ建設事業にも大きな教訓を与えました。ボーでトイレ事業を行うどの援助団体も、どのような構造ならボーの特殊な土壌でも倒壊せず長持ちするのか、決めかねて悩んでいるのが現状です。PWJはすでにシエラレオネなどでトイレ建設の経験を持っていますが、ボーではまた違った構造が必要になりそうです。私たちも技術者や他団体とのミーティングを行って、最良のモデルを決めるために話し合いを重ねています。

小さな町・ボーでは、もはや笑い話のネタになってしまったトイレ倒壊事件。同じころボーでは、ナイル川で水くみや水浴びをしている人がワニに襲われる事件が続いていました。援助関係者の間では、「ワニに食われるかトイレに落ちるかどちらがよいか」というシニカルな話題が広がっていました。その話を聞きながら、「ワニかな」と真面目に考えてみたりするのでした。

※PWJのスーダン支援事業は、ジャパン・プラットフォーム の協力を得て進めています。

 


テントを使ったホテル
(C)PeaceWindsJapan


テントホテルの客室
(C)PeaceWindsJapan


現地スタッフ募集の貼り出しをする
(C)PeaceWindsJapan


支援を待つ現地の人たち
(C)PeaceWindsJapan


美しい大陸の光景
(C)PeaceWindsJapan

 

スーダン支援の現場から

3つの悩みの種に悪戦苦闘

2006.10.03

報告:明城徹也
    (PWJスーダン事業現地責任者)

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)はスーダン南部ジョングレイ州のボー郡で、帰還した住民たちを支援するために井戸とトイレの建設を予定しています。8月に南スーダンに入ってから1カ月が過ぎましたが、悪戦苦闘が今も続いています。

私たちスタッフを悩ませている主な理由は、
 1. 物がない
 2. 物価が異常に高い
 3. 何が本当なのかわからない
それぞれの点について、もう少し詳しくお伝えします。

物が無い
事業を立ち上げるには、まず事務所を探さないといけないのですが、事務所になるような物件はほとんどなく、内戦を経て残っている建物の大半は国連や他の援助機関にすでに抑えられています。たまに空いている物件をみつけて行ってみると、屋根がなかったり、壁が崩れていたりで、修理に多額のお金が必要なものばかり。事務所の資機材をそろえるのにも、スーダン南部ではみつからないものが多く、車両、発電機、金庫といったものは隣国ケニアのナイロビから運ぶことにしました。

物価が異常に高い
スーダン南部では、長年の内戦の影響もあり、工業製品だけでなく、基本的な農作物なども隣国からの輸入に頼っています。タマネギやトマトといった隣国では当たり前のように手に入る品さえ、そのほとんどをウガンダから輸入しているとのこと。しかも、和平合意後も武装解除に応じないグループが存在しているために国境付近の治安の状況が悪いうえ、雨期になると道路が寸断されてしまうために、大量輸送が難しい状況なので、常に品薄の状態です。

そのせいで、物価はナイロビの3倍以上で、なんと東京よりも高い!です。とくに事務所を開設できるまで滞在していたホテルは、ホテルといってもテントなのに、1泊100ドル(11500円)以上もして、泣かせられました。ちなみにポテトチップスは約500円。ちょっとした文房具なども、スーダンではあまりにも高いので、できる限りスタッフが移動するときにナイロビから持ち込むようにしています。当然のことながら、建設資材なども予定していた金額よりも大幅にコストがかかることがわかり、頭を悩ませています。

何が本当なのかわからない
一番難しかったのが、いろいろな人から聞いた情報が矛盾していることが多く、どの情報が正しいのか判断に迷ったり、振り回されたりすること。買い物に行っても、こちらが日本人(日本のNGO)とわかれば値段が数倍にも膨れ上がるし、交渉に合意しても最終的に支払いの段階で、「あれは単位を間違えていた」といって10倍もの金額を要求されたり・・・。買い物だけではなく、国連機関や現地政府での各種の手続きでも、何度聞いても要領を得ず、2度手間、3度手間といったこともよく起きています。

このような状況の中で、PWJスタッフもようやく少しずつ「南スーダンの癖」に慣れてきた感じがします。現地政府と協議して井戸の建設場所が決まり、10月からは地質調査、11月から工事を開始する予定です。まだまだ苦労することも多いと思いますが、これから事業の本格始動に向けて、がんばっていきます。

※PWJのスーダン支援事業は、ジャパン・プラットフォーム の協力を得て進めています。

 

  スーダン南部で帰還民支援を開始
2006.08.28

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)は、スーダンの内戦で故郷を追われていた難民・国内避難民の帰還を支援するため、日本人スタッフ5人を現地に派遣し、南部ジョングレイ州で活動を始めました。5月の現地調査の結果に基づき、まず井戸やトイレの建設による給水・衛生面の支援に取り組みます。

現地入りしたスタッフは、明城徹也、福井美穂、鈴木広光、小南のり子、原田靖子の5人。小南は駐在していた西アフリカのシエラレオネから、他の4人は日本からの派遣です。調達拠点となるケニアの首都ナイロビで機材の発注などについて地元業者と打ち合わせをした後、先発隊は8月16日にスーダン南部の中心都市ジュバに、さらに19日には支援地となるジョングレイ州の州都ボーに入りました。井戸掘削業者、車両調達業者との交渉に加え、治安状況の確認、事務所の立ち上げや現地スタッフ採用に向けた情報収集なども開始しました。

スーダンでは2005年1月、政府とスーダン人民解放運動(SPLM)の20年以上にわたる内戦に終止符が打たれ、420万人以上とも言われる難民・国内避難民の帰還が始まりました。しかし、ジュバですら電気、水道が使えないなど、人びとの生活基盤はほとんど破壊されています。雨季が終わる秋以降には帰還が本格化すると予想され、それに備えた生活再建のための支援が急がれます。

※PWJのスーダン調査事業は、ジャパン・プラットフォームの協力を得て実施しています。
現地で調査を行うPWJスタッフ
(C)PeaceWindsJapan


増水した川を渡る
(C)PeaceWindsJapan


現地の住居
(C)PeaceWindsJapan

住民たちが歓迎してくれる
(C)PeaceWindsJapan
帰還民支援を念頭にスーダン南部調査
2006.05.19

スーダンでは20年以上にわたり、北部を治めるスーダン政府と、南部を治めるスーダン人民解放運動(SPLM)との間で内戦が続いていましたが、2005年1月9日に南北包括和平合意が結ばれて内戦状態に終止符が打たれました。戦火を逃れるために避難生活を送っていた420万人以上ともいわれる難民・国内避難民の帰還が始まり、帰還の促進と故郷での生活を再建するための支援が課題となっています。ピース ウィンズ・ジャパン(PWJ)は、帰還民支援を開始することを念頭に、日本人スタッフ3人を現地に派遣。詳しい状況や支援の必要性について調査を開始しました。

2003年の総人口が3000万人あまりのスーダン。内戦によって、370万人が国内各地で避難生活を送り、35万人以上が難民としてエジプト、エリトリア、エチオピア、ケニア、ウガンダ、コンゴ民主共和国(旧ザイール)、中央アフリカなどに逃れたといわれています。和平合意から雨季までの半年間で、把握されているだけでおよそ24万人の難民・国内避難民が帰還を果たし、2006年中には、少なくとも50万人、最大では150万人もの帰還が見込まれています。紛争が続いた村へ帰還しても、家や生活環境の多くは破壊・崩壊していることが多く、すぐに新しい生活を始めることは容易ではありません。

PWJは、支援を開始することを想定し、現地で調査を行うことを決定。海外事業部チーフの山本理夏と、西アフリカ・シエラレオネ駐在の明城徹也が5月7日に日本を出発、シエラレオネ駐在の小南のり子と合流し、現在、調査を行っています。

山本理夏の現地からの報告によると、正確な統計はないものの、スーダン南部では、生まれた子どもの4人に1人が5歳までに死亡、はしかなどの基本的な予防接種を受けている子どもの割合は2割を切り、小学校の就学率も20%以下で、卒業するのは3%以下。南部政権側が「首都」としていたジュバにさえ電気や水道が全くない状態で、基本的な支援のニーズが極めて高いとのことです。2005年はなかなか進まなかった帰還が、今年の雨季明け以降に本格的に進むことが予想され、早急に支援を開始する必要性が非常に高くなっています。

PWJは、現地調査の結果を分析し、東エクアトリア州あるいはジョングレイ州で、井戸掘削、学校修復、保健教育などを中心とした帰還民支援事業を開始する方向で検討を進めています。

※PWJのスーダン調査事業は、ジャパン・プラットフォーム(JPF)の協力を得て、実施しています。また、現地での調査については、JPF事務局、JPFに参加する日本の3つのNGO、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国連世界食糧計画(WFP)とも連携をとりながら、進めています。

※スーダンでは南北の和平合意は結ばれたものの、西部のダルフール地域で2003年から、スーダン政府・アラブ系民兵と反政府勢力との間の紛争が激化。現在も不安定な情勢が続いています。国内避難民と難民の数は、2005年12月現在でそれぞれ、165万と20万とされています(外務省ホームページによる)。
 
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