なぜ紛争地で支援をするのか
PWJは1996年の設立以来、イラク、コソボ、アフガニスタン、シエラレオネ、スーダンなど、多くの紛争地域で支援を続けてきました。危険を冒し、あえてこれらの地域を活動の場に選んだのには、理由があります。紛争地域では戦争中・戦後を問わず生命の危機にさらされる人が多いことに加え、政府や公的機関の機能がまひして必要な支援が行われないケースが、往々にしてあるからです。特に近年は内戦が増え、政治的・軍事的な対立のせいで支援に偏りが生じることも珍しくありません。PWJは、独立した立場のNGOだからこそ人道的な見地から果たせる役割があると考え、紛争地域での支援に力を入れています。
内戦の頻発と「破綻国家」問題
冷戦構造の崩壊とともに世界各地で内戦や地域紛争が頻発するようになり、独裁政権や軍事政権のもとで政府の統治機能が十分に及ばない、いわゆる「破綻国家」も増えています。このような破綻国家では、自然災害や貧困などの諸問題に政府が適切に対応できず、「complex emergency(複合危機)」と呼ばれる事態が生じています。2001年にPWJが支援に入ったアフガニスタンは、その典型的なケースでした。1979年の旧ソ連軍の侵攻以来20年以上にわたる内戦で国土が荒廃したうえに、3年続きの干ばつで数十万人の国内避難民が発生していました。PWJはこの事態を早くから警戒し、国連や他のNGOの支援がまったく届いていなかった北部サリプル州の国内避難民キャンプに5000張を超えるテントを届けて、越冬を支援しました。9.11の米国同時テロとそれに続くアフガニスタン空爆の後、多くのNGOがアフガニスタン支援に乗り出しましたが、いち早く行動したPWJの先見性は高く評価されました。
イラク戦争下での支援
2003年のイラク戦争下での支援は、PWJにとっても大きな挑戦でした。戦争によって多数の国内避難民が出ると予想し、2002年秋から医師を含む最大6人のスタッフをイラク北部のクルド人自治区内に派遣して支援の準備を進めました。外傷、風邪、肺炎、下痢のほか糖尿病などの慢性疾患にも対応できるよう、50種類以上の医薬品を事前に購入して地元の保健省に提供する一方、石油ストーブやテント、毛布なども大量に備蓄して開戦に備えました。イラク軍による毒ガス攻撃も想定し、解毒剤、配給に使う車のガソリンなども事前にそろえました。いったん戦闘が始まると物資の調達は困難をきわめます。備蓄が功を奏し、PWJは戦争下での支援をスムーズに進めることができました。

○イラク戦争前に購入・備蓄した主な支援物資
約100万人分の医薬品・医療機材(地元の保健省に提供)
約8万人×2カ月分の医薬品(巡回診療用)
1700家族(10200人)分の灯油、石油ストーブ、毛布、
__ 食器セット、洗剤など
テント500張
420家族分の仮設テント用ビニールシート、木材、釘など
石けん、女性用生理用品、バケツ
安全確保を図りながら、できる限り支援を継続
紛争地域では、地雷、武装集団による襲撃などの危険が高く、スタッフの安全確保が最大の課題です。PWJは、さまざまな機関・団体とのネットワークや現地スタッフの人脈などをフル活用して治安情報を集め、いざという時の退避計画もつくって万一の事態に備えています。また、たとえば危険地域を移動する際は、衛星携帯電話や無線機などを使って連絡を取り合い、襲撃を避けるため2台以上の車両で一緒に動くなどの基本動作を守っています。イラク戦争の際、国連機関や欧米の大きなNGOも次々に国外退避しましたが、PWJは「危機の時こそ人道支援が必要とされる」との考えから、現地に踏みとどまって活動を続けました。それも身の安全があればこそ。今後も危険回避にいっそうの注意を払いながら、必要な支援を届けられるようできる限りの努力を続けます。












