イラク

イラクについて知る

人口:約2710万人(2004年推定、世界銀行)
面積:約43万8000平方キロ
首都:バグダッド

人間開発指数ランキング:--  

 

※人間開発指数とは、開発・発展あるいは貧困の度合いを総合的にはかる数字で、平均寿命、教育水準(就学率、識字率)、1人あたり国内総生産(GDP)から計算されています。上位には「先進国」が多く並んでいます。

イラクという国

世界四大文明の一つ、メソポタミア文明発祥の地でもあり、近代以降は豊富な埋蔵量を誇る石油の大産出国となったイラク。サダム・フセイン大統領と与党、バース党による強力な統治の下、1980年以降、イランイラク戦争、クウェート侵攻にともなう湾岸戦争と戦争が続き、湾岸戦争後は国連による経済制裁を課されて国民生活に大きな影響が出ていました。一方、北部を中心に生活するクルド人は独立や自治拡大を求めて運動を続け、政府から厳しく抑圧されてきました。  

91年の湾岸戦争終結後、クルド人や南部のシーア派住民が蜂起しましたが、政府軍によって鎮圧され、弾圧を逃れようとした多くの国民が難民化しました。

2003年3月20日、アメリカなどはフセイン政権がテロ組織を支援し大量破壊兵器を隠しているとしてイラク空爆に踏み切り、イラク戦争が勃発。4月9日、フセイン政権は首都バグダッドの統治能力を失って実質的に崩壊し、5月2日にはブッシュ・アメリカ大統領が戦闘終結を宣言しました。

戦闘終結後、イラク国内では社会システムが崩壊し、公共サービスがまひ状態に陥っています。テロが頻発して多くの死傷者を出し、住民の生命を守るための病院も機能していません。電気や水道などのライフラインの復旧もいまだ途上です。

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(C)PWJ/Kazuyoshi MISAWA

クルド人自治区

クルド人自治区は、1992年に成立しました。91年の湾岸戦争後の大規模な蜂起で多数のクルド人が難民となり、避難途中で多くの犠牲者が出たことにより、クルド人保護区(セーフヘブン)が設置されたことが自治区成立につながりました。しかし、自治区成立後も、苦難は続きました。イラクに対する国連制裁と、自治区に対するイラク中央政府の締め付けという「二重の制裁」の中で、住民たちは不自由な生活を強いられました。

約400万人の自治区人口のうち、70〜80万人が国内避難民だといわれています。イランイラク戦争やアンファル・キャンペーン、湾岸戦争、クルド内戦などで、もともと住んでいた村を離れ、その後も村に帰れない人たちです。避難民の帰還をはじめ、夫を連れ去られたり、失ったりした女性たちや、親を亡くした孤児たちの支援、将来への希望を持てない子どもたちの自立促進などの問題は、イラク戦争終結後も大きな課題として残っています。

イラクでのPWJの支援

クルド人自治区での活動

クルド人自治区内ではPWJは当初、国際機関とも協力して、学校や住居、水道施設、道路などの大規模な建設事業に力を入れました。社会基盤の整備が徐々に進み、一方で国際機関と国際NGOが協力して活動することが認められない情勢となったことから、PWJは、医療支援やソーシャル・ケア(社会福祉的支援)に活動の重点を移しました。また、国内避難民キャンプでの支援も継続しています。

農村部では、医療施設がなかったり、施設はあっても医師や医薬品の確保が難しかったりするため、適切な医療サービスを受けられない住民が多数います。医療費や都市部への交通費が払えないため、医師にかかることを断念する人も少なくありません。PWJはこうした地域でモバイルクリニック(巡回診療)を展開。また、一般の患者と同様に、化学兵器の後遺症とみられる症状に苦しむ人の診察にもあたっています。

2002年からは、医療支援を切り口に病気の原因となる社会・生活環境の改善も図る「ソシオメディック」の取り組みを開始しました。経済的な自立やソーシャル・ケアの分野では、アンファル・キャンペーンで夫と生き別れた女性たちの収入向上、孤児支援、少年更正などの活動を続けました。

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(C)Peace Winds Japan

2003年3月のイラク戦争開始後もPWJは現地にとどまって活動を続け、戦争による被害を恐れて避難した人たちへの緊急医療支援、暖房・調理用の灯油配給などを実施しました。

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(C)PWJ/Kazuyoshi MISAWA

イラク戦争後、支援地域を拡大

イラクでは戦争や国内避難民の発生が続き、とくに北部にあるクルド人自治区内では、状況が深刻でした。政府は十分に機能せず、行政機能もマヒしていました。こうした紛争地域では、NGOや国際機関などが社会基盤の整備や公共サービスを担うことが重要です。PWJは1996年以来、イラク北部のクルド人自治区内で多岐にわたる支援活動に取り組んできました。政治・治安情勢が悪化し、多くの国際NGOや国際機関が活動の縮小や撤退を決めた時期もありましたが、PWJは一貫して活動を継続してきました。2003年のイラク戦争終結後は旧中央政府側地域にも支援を拡大しました。医療施設や水道関連施設、学校などの再建に積極的に取り組み、とくに長期にわたって社会基盤の整備が行われてこなかった「グリーンライン」(旧クルド人自治区と中央政権との境界地域)での支援を進めました。

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(C)Peace Winds Japan

 

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