リベリア:支援地域を知る

リベリアについて知る

リベリアの地図

人口:約330万人 (2005年)
面積:約11万平方キロ (日本の約3分の1)

首都:モンロビア

人間開発指数ランキング:データなし/177カ国

※人間開発指数とは、開発・発展あるいは貧困の度合いを総合的にはかる数字で、平均寿命、教育水準(就学率、識字率)、1人あたり国内総生産(GDP)から計算されています。上位には「先進国」が多く並んでいます。

リベリアという国

リベリアは19世紀初頭、アメリカから解放された奴隷の移住地として発展しました。国名はラテン語で「自由な」を意味するliberに由来するといわれています。天然ゴム、鉄鉱石の生産が盛んなことでも知られています。船の国籍にあたる船籍にかかる手数料が、パナマと並び安いことから、リベリア船籍の船を持つ日本企業が多いことでも有名です。外務省の資料などによると、我が国の対リベリア直接投資は、海運国としての重要な位置づけから、サハラ以南のアフリカ諸国の中でも際立っています。外務省ホームページによると、2004年の投資額は、約65億円で、サハラ以南諸国に対する全投資額(約124億円)の約半分を占めています。

リベリア リベリア

(C)Peace Winds Japan

リベリアは1847年にアフリカ最初の共和国として独立し、イギリス、フランスなどヨーロッパ列強諸国による植民地支配を免れました。1980年代以降、政治の混乱が続きました。内戦の激化にともない、軍閥間の抗争のあおりなどで故郷を追われた約80万人ともいわれる人びとは、首都周辺や、隣国のシエラレオネやギニアに逃げ、国内避難民・難民となりました。

2003年、テイラー大統領(当時)は国外へ逃れ、8月には政府と反政府勢力などによる和平合意が結ばれました。難民・避難民のスムーズな帰還と定着が、一番の課題です。

リベリアでのPWJの支援

ピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)は2001年から隣国シエラレオでリベリア難民キャンプを運営し、内戦を逃れて避難したリベリア難民を支援してきました。リベリアの状況が落ち着いてきたことから、帰還を促し、帰還した人たちの生活再建を支援をするため、2004年3月にリベリア国内での活動を始めました。国際人道支援機関ジャパン・プラットフォームや、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などの協力も得て、帰還民の数が最も多いとされるリベリア北西部のロファ州で重点的に活動し、2006年には南部のボミ州でも活動を開始しました。

彼らの生活の柱となる「住居支援プロジェクト」では、いっぺんに住宅用の建設資材や道具を配ることはせず、それぞれの住民が、どの村、どのコミュニティーに所属しているかの一覧をつくる作業から始め、そのコミュニティーの住民全員が住居再建の同じ段階に進んではじめて、次の段階のための資材を配布しています。これには、住民同士の共同作業を促し、近隣の家と協力し合って住宅再建を進めてもらうことで、内戦で失われた互いの心のつながりを再認識してほしい、という思いが込められています。

リベリア リベリア

(C)Peace Winds Japan

このほか、さまざまな形でPWJはリベリアの人びとの生活復興を後押ししています。

 

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